すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

奥の細道99   射水

放生津八幡宮
天平18年(746)大伴家持卿が越中の国司として在任中に、
奈呉の浦の景勝を愛し、豊前国宇佐八幡神を勧請して奈古八幡宮を興した。
後に北条時政が再興したと伝えられる。
正和年間(1312~)放生津城主・名越時有が社殿を造営し、
室町時代になると、この地は石清水八幡宮領となり、
永禄年間(1558~)には上杉謙信の兵火にかかり、社殿が焼失、
神保長職が再興した。現在の社殿は大坂城西丸および高野山御影堂の
修復に当たった高瀬輔太郎が棟梁となり、文久3年(1863)に再建した。
マウスオン2枚です 
<


11015.jpg
11014.jpg
11016.jpg

奈呉の浦
11018.jpg
11017.jpg
所在地・・射水市八幡町2-2-27

今回はコメント欄を閉じさせていただきます。
スポンサーサイト
  1. 2012/01/31(火) 09:04:30|
  2. 奥の細道
  3. | コメント:3

奥の細道98   旧北国海道・市振   

海道の松
昔の北陸道は、この海道の松から海岸に下りて、
西からの旅人は、いよいよ寄せ来る波に怯えながら
「天下の険・親不知子不知(オヤシラズコシラズ)」を東へ越え
西へ上る旅人は10km余の波間を命がけで掻い潜り、
海道の松にたどり着いて、ようやくホッとし市振の宿に入っていった。
宿の東入口にそびえるこの老松は、明治16年(1883)
崖の中腹に「如砥如矢(トノゴトクヤノゴトシ)」国道が出来、
大正元年(1912)に汽車が走るまで、その目印にされていた。
103165.jpg

103162.jpg
103163.jpg
103158.jpg

マウスオン2枚です 
<


103167.jpg
103156.jpg

長円寺にある芭蕉の句碑
マウスオン2枚です 
<
  1. 2012/01/30(月) 11:25:12|
  2. 奥の細道
  3. | コメント:5

奥の細道97   上越

居多ヶ浜
103124.jpg
103122.jpg
103123.jpg


居多神社
103125.jpg
近くに越後国国府があったことから国司の尊崇を受け、越後国一宮とされた。
戦国時代、上杉謙信死後の上杉家の家督をめぐる争い(御館の乱)に巻き込まれ、
当社は景虎方についたため、対する景勝方によって社殿が焼かれ、
社家の花ヶ前家は国外の各地を転々とした。慶長3年(1598)、景勝が会津に移ったため、
花ヶ前家は越後に帰った。この混乱により社勢は衰微したが、
その後の歴代領主より崇敬を受け、社領の寄進を受けて再興した
103126.jpg

103127.jpg
マウスオン2枚です 
<
所在地・・新潟県上越市五智6-1-11

今回はコメント欄を閉じさせていただきます。>
  1. 2012/01/27(金) 11:06:26|
  2. 奥の細道

奥の細道96    上越

五智国分寺跡
奈良時代、聖武天皇は諸国に国分寺を建立したが
この寺は越後国分寺の寺号を継いだ名刹で、親鸞上人の旧跡としても有名
朱塗りの門、本堂、三重塔、経蔵、山門が並び、越後国分寺の荘厳さを誇っている。 

山  門
103119.jpg

本  堂    マウスオン2枚です 
<


親鸞上人御配所草庵
親鸞が妻・恵信尼と四年間新婚生活を送った、竹ヶ前草庵があった所で、
親鸞が自らの刻んだという上人像が安置されている。
103121.jpg
  

103113.jpg
103114.jpg


経  蔵
11011.jpg


103115.jpg
103116.jpg


103117.jpg
103118.jpg

鐘  楼
103120.jpg
所在地・・新潟県上越市五智国分寺
  1. 2012/01/25(水) 08:21:12|
  2. 奥の細道
  3. | コメント:6

奥の細道95   直江津

尼瀬獄門跡
103130.jpg
103131.jpg
103132.jpg


琴平神社
境内に「文月や 六日も常の 夜には似す  はせを」の芭蕉の句碑がある。
10311.jpg

10312.jpg

10315.jpg
マウスオン2枚です 
<


安寿と厨子王供養塔
10316.jpg
10317.jpg


10319.jpg
10318.jpg
  1. 2012/01/23(月) 23:27:45|
  2. 奥の細道
  3. | コメント:3

奥の細道94 旧北国街道 出雲崎

良寛堂
良寛の母の故郷・佐渡を背景にした浮御堂が
良寛の生家・橘屋の屋敷跡に建つ
10197.jpg
マウスオン2枚です 
<

良寛像
101910.jpg

芭蕉園
クリックして下さい、別画面がでます。

句碑荒海や 佐渡によこたふ 天河と芭蕉像
101013.jpg 101914.jpg

江戸天領時代、出雲崎は越後経済の中心地であり、
越後一の人口密度を誇っていた。
当時は間口の広さで税金を取っていたので、間口が狭く奥行きの長い
「妻入り」の建物が長く続く、全国でも珍しい町並みが残っている。
マウスオンして下さい。


103141.jpg 103142.jpg

間口が狭く、奥行きが広いのがよく分かる・・・
103143.jpg
11101.jpg

103147.jpg 103148.jpg

103151.jpg
103152.jpg

天領とは、幕府が重要な場所とみなし、代官所をおいて
直接支配した地のこと。
ここ出雲崎が天領となったのは、幕府の財政を支えるための
佐渡の金銀を船で運び込む港であった事。
越後の米を船で集めたり、各地に運んだりするのに便利な事。
また高田藩・長岡藩・新発田藩の越後三大名の力をおさえるのに
都合のよい中間地点だった事などによる。
天領となった出雲崎は、みるみるうちに大きな町になって
この地方の政治・経済・文化の中心になった。


続きを読む
  1. 2012/01/21(土) 22:02:59|
  2. 奥の細道
  3. | コメント:4

初 詣

大雄山最乗寺
応永8年(1401)峨山五哲である通幻寂霊門下の了庵慧明によって開山。
東国における通幻派の拠点となる
。 通幻門下は各地で公共事業を行い民心をつかむが、
当寺にも、この地で土木工事を行ったという
了庵法嗣の妙覚道了(道了尊)が祀られている。
余語翠巖、新井石禅、石附周行らが住職を歴任
修行道場として僧堂を設置している。
天狗寺として有名で、そこかしこに天狗がいる。
道了禅師はもともと滋賀県大津の三井寺の五百人力の力があるという
力のある行者だったが、同郷の了庵慧明禅師が箱根に最乗寺を建てる
ということを聞いて、天狗の姿になって箱根に飛んで行き、
了庵の弟子になって寺の建設を手伝い、神通力を使って谷を埋めたり、
岩を持ち上げ砕いて、大雄山最乗寺を完成させて、
師匠の了庵が75歳でこの世を去ると、寺を永久に守るため
天狗の姿になって舞い上がり、明星ヶ岳に飛び去ったという伝説がある。 <
山 門
< < < < < < < < < < <
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

さあ~ 奥之院まで上るぞ~     クリック・4枚です。
<<奥之院上り口

奥之院 マウスオン2枚です 
<
所在地・・神奈川県南足柄市大雄町1157

続きを読む
  1. 2012/01/19(木) 22:31:19|
  2.   旅  
  3. | コメント:5

大江戸街歩き   中野

氷川神社
後村上天皇の時代の正平年間(1346 - 1370)に武蔵国の一の宮である氷川神社
(現在の埼玉県さいたま市)から分霊され、祀られたことに由来する。
文明9年(1477)太田道灌が豊島氏との間で起った江古田・沼袋原の
戦いの際に陣営を置いたと言われ、その時、戦勝を祈願して杉の木を植えた。
「道灌杉」と呼ばれ、高さ30㍍の大木となり、長く親しまれてきたが
1942年に枯死した。社殿は幾度か築造されてきたが、
1988年に昭和天皇在位60年を記念して作られた社殿が、
1年数か月後の1990年に過激派によるゲリラにより焼失。
現在の社殿は翌1991年に造営されたものである。
112676.jpg
所在地・・中野区沼袋1-31-4


新井天神北野神社
創建年代は不詳だが、天正年間(1573-1593)に新井薬師梅照院を開基した
僧行春が当社に梅を植えたといい、新井薬師梅照院と同時期の創建といわれている。
112678.jpg
所在地・・中野区新井4-14-3


新井薬師
本尊の薬師如来は坐像の金仏で50cmほどの厨子に安置されている。
天正年間(1573~1591)に僧行春によって開基。
ここの薬師如来は、子育薬師、治眼薬師として信仰され、
江戸時代末期から門前町が形成された。
毎月8の日が縁日で屋台がならび、30店以上の植木市が有名。
マウスオン2枚です 
<
所在地・・中野区新井5-3-5

今回はコメント欄を閉じさせていただきます。
  1. 2012/01/18(水) 09:28:19|
  2. 東  京

大江戸街歩き   中野 沼袋  

江古田原古戦場
今は公園になっているが・・・
112682.jpg
マウスオン2枚です 
<
中野区松が丘2丁目


明治寺
明治45年に、明治天皇の病気平癒を祈るため、榮照法尼によって
観音菩薩石像が建立されたのが始まり。
しかし観音開眼を待たずして明治天皇が崩御されたため、
明治天皇のご冥福と明治時代という波乱の時代を振り返り、
大正元年に観音開眼供養が行われた。
その後、一大観音霊場を築きたいと呼びかけたところ、
政財界から庶民に至るまで多くの賛同者が現れ、大正五年までに百観音が整った。
百観音とは、西国三十三箇所、坂東三十三箇所、秩父三十四箇所の札所の合わせて
百箇所の仏像の写しを祀った。
全てを拝み続けると百観音札所のすべてをお参りするに等しい利益が
授かることになると言われている。大正6年には本堂が完成し、
昭和11年に明治寺の号が許された。
関東大震災による震災や第二次世界大戦による戦災を受けながらも、
観音像の建立はその後も続き、現在では百八十体あまりの
観音像が境内に建立されている。
112664.jpg

112665.jpg
112669.jpg
マウスオン2枚です 
<
中野区沼袋 2-28-20

  1. 2012/01/17(火) 08:54:41|
  2. 東  京
  3. | コメント:5

東京街歩き   日本橋七福神巡り

松島神社(大黒天)
明暦の大火(1657)以前、周囲は歓楽街で人形細工職人、
呉服商人、歌舞伎役者、葭(ヨシ)町の芸妓傾城等々、
芸能関係や庶民の参拝によりたいへん賑わっていた。
祀られている大国神は、密教の大黒天が元になり、
大国主命と神仏習合して出来た神道の神で、
破壊と豊穣の神として信仰された。
現在は豊穣の面が残り、大黒様として親しまれている。
121141.jpg
所在地・・中央区日本橋人形町2-15-2


末広神社(毘沙門手天)
マウスオン2枚です 
<
所在地・・中央区日本橋人形町2-25-20 


笠間稲荷神社(寿老人)
江戸末期 安政6年(1859)、笠間藩主・牧野貞直が、
日本三大稲荷のひとつ常陸笠間神社の御分霊を江戸下屋敷に奉斎。
以降、五穀をはじめ水産、殖産の守護神として信仰を集めた。
寿老人は長寿の神にして、お導きの神、幸運の神として、
人々の運命を開拓して下さる福徳長寿の守護神とされている。
121144.jpg
所在地・・中央区日本橋浜町2-11-6


椙森(スギモリ)神社(恵比寿神)
マウスオン2枚です 
<


宝田恵比寿神社(恵比寿神)
元々は皇居前にあった宝田村の鎮守。
運慶あるいは左甚五郎の作とも伝えられる祭壇中央の
見事な「恵比寿神」像は必見。慶長11年(1606)三伝馬取締役・馬込勘解由が
徳川家康からこれを受けたと伝えられる。
恒例の「べったら市」は、「べったり運がつく」と元禄時代から人気。
121148.jpg
所在地・・中央区日本橋本町3-10



小網恵比寿神(福禄寿・弁財天)
マウスオン2枚です 
<


茶ノ木神社(布袋尊)
マウスオン2枚です 
<

所在地・・中央区日本橋人形町1-12-10

  1. 2012/01/15(日) 13:06:00|
  2. 東  京
  3. | コメント:6

コーヒーショップ

娘や孫達とスターバックスやドトールコーヒーに行った時に
「ババ、何にする」って聞かれて、いつも「カプチーノ」
カプチーノ? カフェオレ? どう違うのか分かりません(ノд-。)クスン
娘に聞いても???

「はなまるカフェ」でその違いをやっていたので、慌ててカメラに収めて
1112221.jpg
な~るほど (¨)(..)(¨)(..)ウンウン
その夜、娘が帰って来て、一講釈・・な~んかいい気分(*∇)ウフフ



この前、孫娘と二人でスターバックスに行って・・
二つで1000円じゃ足りないって・・・(゚∇゚ ;)エッ!?なんで~
大きいのがいいと思って一番大きいの頼んだんだって!!
Short  Tall  Grande  Venti  日本なのになんで英語?_s(・`ヘ´・;)ゞ..
日本語で書いてほしい^^^
ベンティってLLだよ。。。大きすぎて飲みきれない (* T-)

が・・これもパチリ
コーヒーショップによって、大きさの呼び方が違うの・・・
もう分かった、これからはバッチリよ
1112222.jpg

今回はコメント欄を閉じさせていただきます。
  1. 2012/01/12(木) 09:11:34|
  2. 未分類

大江戸街歩き   中野・松ヶ丘

哲学堂公園
明治37年、哲学者であり、東洋大学の創設者である井上円了が、
小石川原町(文京区白山)に開設された、哲学館大学(東洋大学)を
記念して、ソクラテス、カント、孔子、釈迦を祀った「四聖堂」を建設
精神修養の場として創立された。
この四聖堂は当初哲学堂とも呼ばれていたが、それがそのまま公園の名になった。
哲学世界を視覚的に表現し、哲学や社会教育の場として整備された
全国に例を見ない個性的な公園
昭和5年に中野区立公園になってからも、古建築物の修復・整備を重ね
中野区内でも有名な有数の花の名所として親しまれている。
ここは昔、源頼朝の重臣・和田義盛の城址だった。
112637.jpg 112638.jpg 112636.jpg
マウスオン2枚です 
<

マウスオン2枚です 
<

六賢台
112641.jpg

112646.jpg112645.jpg
112644.jpg

マウスオン2枚です 
<


マウスオン2枚です 
<
所在地・・中野区松が丘 1-34
続きを読む
  1. 2012/01/11(水) 09:50:24|
  2. 東  京
  3. | コメント:4

大江戸街歩き   中野・上高田

万昌院巧運寺
元々は萬昌院という寺と功運寺という別々の寺であったが、
1948年に合併してできた寺。
萬昌院は山号を久寶山(クホウザン)といい、天正2年(1574)の創建。
今川義元の子・長得が、群馬県室田の長年寺より仏照円鑑禅師を招いて開山
今川家と先祖を同じくする一族であり、江戸時代初期には
極めて近い姻戚関係にあった吉良家の菩提寺にもなっている。

功運寺の山号は竜谷山(リュウコクサン)といい、慶長3年(1598)の創建。
永井信濃守尚政が、父・直勝、祖父重元の菩提を弔うために
愛知県・龍門寺より黙室芳禅師を招いて開山。
永井尚政は将軍徳川秀忠のもとで老中を務めた人物で、
功運寺は永井家の菩提寺となっている。
昭和23年(1948)萬昌院と功運寺が合併し現在に至る。
112627.jpg

112628.jpg

112626.jpg
向って右端が、吉良上野介の墓
112629.jpg
鐘 楼
112630.jpg
他にも、こんなに沢山の有名人が・・・
112625.jpg
所在地・・中野区上高田4-14-1

続きを読む
  1. 2012/01/09(月) 11:25:31|
  2. 東  京
  3. | コメント:7

大江戸街歩き   中野・上高田

願正寺
東護山願正寺は天正18年(1590)8月に
開基である法樹院安養坊了善法師が外神田に創建。
日米修好通商条約の批准書交換のため、
特派使節「新見豊前守正興」のお墓あり
112619.jpg
112620.jpg
所在地・・上高田 4-10-1


宝泉寺
板倉内膳正重正の墓所がある。
高さ約3メートルの五輪塔の中央には剱峯源光大居士、
その右に寛永十五年戌寅歳(1638)左に正月朔日と刻まれている。
これは重昌が「島原の乱」で戦死した日にあたり、
金石史料としても貴重なもの。
重昌は、京都所司代板倉勝重の第三子で、のち三河(愛知県)の深溝城主となった。
若くして徳川家康の近習となり、方広寺の事件では使者として
「国家安康」・「君臣豊楽」の鐘銘は家康批判であると豊臣方に教硬にせまり、
これが発端となって豊臣氏滅亡へと進んでいった。
寛永十四年(1637)島原の乱が起きると、重昌は幕府の命を受けて
九州諸大名を督励し、反徒の鎮定につとめた。
しかし、強い抵抗ににあって果たさず、幕府は再び老中松平信綱を派遣して
指揮にあたらせることにしたため、責任を痛感した重昌は、
翌年元旦「原城」を総攻撃し、自らも戦死をとげた。

112624.jpg

112621.jpg

112622.jpg
所在地・・中野区上高田4-13-1


今回はコメント欄を閉じさせていただきます。

  1. 2012/01/08(日) 08:55:56|
  2. 東  京

大江戸街歩き   中野・上高田

宗清寺
文久元年にロシアのプチャーチンと千島の国境を確定するなど
幕末の外交に活動した幕臣「水野忠徳」の墓がある。
112610.jpg

屋根のテッペンにある鬼瓦・・こんなに大きいの(・_・;)_・;)・;);)) ナントッ!!
マウスオン2枚です 
<
所在地・・中野区上高田1-27-6


保善寺 (通称 獅子寺)
開山は勅得賜円明宝鑑禅師蟠翁門龍大和尚で
武田信玄の従弟にあたる
文禄2年(西暦1593年)の創建3代将軍徳川家光が
牛込酒井邸に遊びに来た時に立寄り、
獅子に似た犬を賜い、以後獅子寺と称す
本堂正面に月舟禅師筆「獅子窟」の額がある。


112613.jpg

クリック⇒刃傷松の廊下で浅野内匠頭を
羽交い絞めにして刃傷を止めた梶川頼照の墓

112616.jpg
所在地・・中野区上高田1-31-2
 
続きを読む
  1. 2012/01/06(金) 13:39:28|
  2. 東  京
  3. | コメント:9

新年のご挨拶


CF013A00.jpg

昨年中は沢山の方に、私の拙いブログをみていただき
温かいコメントを頂いた事、とても励みになりました。
有難うございます(ノ(_ _ ノ)
今年も、沢山歩いてブログに投稿したいと思っています。
応援、コメントを宜しくお願いいたします。


年末に夫の母と実母が高齢のために
体の具合が悪く、年末のご挨拶が出来ませんでした。
今年も宜しくお願いします Uo・ェ・oU/゚・:・゚\Uo・ェ・oU
  1. 2012/01/02(月) 12:12:12|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:14

クラシック・アナログ時計

プロフィール

すた

Author:すた
毎日笑って、楽しく過ごしたい!

カレンダー


カテゴリ

電力使用状況&電気予報

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

最新トラックバック

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSリンクの表示

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR