すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

韓 国   ソウル

韓国
友人と四人でソウルに行って来ました。
4月に家族5人で行ったのですが、その時は観光というより
娘と孫娘の買い物が主で、私と孫息子は付き添いでしたので、
今回やっと世界遺産を見に行けます。

水原華城   (スウォンファソン) 
1997年にユネスコ世界文化遺産に登録された。
李氏朝鮮第22代・正祖大王が1794年、父(思悼世子)の墓を、
楊州から水原の顕隆園(隆陵)に移し、その周囲に城壁や塔、
楼閣や城門を築いて防護を固めた、これが華城。
当時の朝鮮の城塞建設技術と西洋築城技術を融合させている。
1794年より1796年まで2年越の年月と37万人の労力が投入された。
城壁の長さは、5kmを越え、城郭の築造に石材とレンガが併用されている。
朝鮮戦争の際に一部が破損したが、1975年から5年間を掛けて
「華城城役儀軌」という築城記録をもとに修復・復元工事が行われた。

東将台(練武台)
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東将台を後に
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東北空心墩にむかって歩く
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次に蒼竜門 に向かう
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蒼竜門
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ここからは華城列車に乗って、車窓から
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華虹門と、向こうに北暗門
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北鋪楼
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西北空心墩
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華西門
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西北角楼
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所在地・・韓国京畿道水原市


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  1. 2012/07/30(月) 09:02:59|
  2.   旅  
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大江戸街歩き   京橋~東京駅  

江戸秤座跡
秤座は、はかり基準統一のため、江戸幕府が設けた秤の製造
領布、検定を行う事業所。江戸と京都の二座があり
江戸は守随家が東国三十三ヶ国を受け持っていた。
承応2年(1653)から明治8年(1875)明治政府の
度量衡取締条例が発せられるまで続いた。
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安藤広重住居跡
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ヤン・ヨーステン記念碑
ヤン・ヨーステンは、家康の外交顧問に登用されたオランダ人で
このあたりり住んでいた。住んでいた場所は、略して「ヤヨス河岸」と呼ばれ
それがのちに「八重洲」となったといわれている。
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平和の鐘
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ここはどこでしょう? 
マウスオン2枚です 

そうなんです。東京駅八重洲中央口の片隅に・・・
だれも気がつかないよね~~
  1. 2012/07/29(日) 09:31:39|
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大江戸街歩き   日本橋界隈

日枝神社日本橋摂社
山王日枝神社の摂社で、天正年間(1573~92)から、
日枝神社の祭礼に八丁堀まで神輿が船で神幸したことに始まり、
天正18年(1590)に創建、寛永年間、当地が御旅所に定められた。
明治10年(1877)、日枝神社と改称して無格社となり
大正4年(1945)、本社の日枝神社が官幣大社に昇格したのに伴い、
本社の境外摂社とされた。
関東大震災の後、昭和3年(1928)に社殿が造営された際
境内末社の北野神社・稲荷神社・浅間神社の祭神を本殿に合祀した。
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遠吠えしているみたいに上を向いている狛犬
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境内の明徳稲荷神社
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おかあさん狐が、ご挨拶は・・なんて・・
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所在地・・中央区日本橋茅場町 1-6-16 


智泉院
マウスオンして下さい。


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宝井其角住居跡
蕉門十哲の一人、宝井其角(1661~1707)は、近江生まれ
江戸に来て蕉門に入り、芭蕉没後、派手な句風で洒落風を起こし
その一派は、江戸座と呼ばれた。
錦とりて ねびまさりけり 雛の顔
越後屋に きぬさく音や 更衣
日の春を さすがに鶴の 歩みかな

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  1. 2012/07/28(土) 09:30:37|
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大江戸街歩き   日本橋界隈

鎧の渡し跡
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銀行発祥の地
明治6年、前年に制定された国立銀行条例に基づき
日本最初の銀行「第一国立銀行」がここに創立された。
当時の建物は三井組の「三井組為替方」を譲り受けたもので
海運橋のたもとにそそり立つ壮麗な和洋折衷建築として有名だった。
現在はみずほ銀行・兜町支店の外壁にプレートがあるのみ。
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創立当初の、お城みたいな建物
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所在地・・中央区兜町 4-3 


海運橋親柱
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  1. 2012/07/27(金) 09:41:49|
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大江戸街歩き   日本橋界隈

郵便局発祥の地    日本橋郵便局
日本の近代的な郵便制度は、明治4年(1871)
前島密の創意によって、まず東京ー大阪間で始まった。
ここは新制度発足当時、駅逓司(今の郵政省)と東京の
郵便役所(今の中央郵便局)が置かれた所。
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前島密の胸像とシンボルツリー「たらようの木」
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マウスオン2枚です 
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さすが! ポストも素晴らしい~
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所在地・・中央区日本橋 1-18-1 


兜神社
東京証券取引所の北側、日本橋川のほとり、 江戸橋ジャンクションの下にある。
ビルの合間にひっそりと建っているが、商業の神様として有名な神社。
兜神社は、東京株式取引所(現在の東京証券取引所)が設立に伴い、
明治11年(1878)取引所関係者の鎮守として造営された。
昭和46年、高速道路の建設に伴い、旧社殿を解体し、
現在の鉄筋コンクリート、一間社流造、向拝付きの社殿を造営した
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境内にある兜岩は、前九年の役(1050)に源義家が東征の際、
この岩に願を懸けて戦勝を祈願したと伝えられ、日本橋兜町の由来となっている。
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所在地・・中央区日本橋兜町 1-8 

東京証券取引所
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  1. 2012/07/26(木) 09:27:42|
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大江戸街歩き   日本橋界隈

日本橋
マウスオン2枚です 
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日本橋魚市場発祥の地碑
マウスオン2枚です 


三浦按針屋敷跡
オランダ東印度会社東洋派遣隊の航海士だった英人ウイリアム・アダムスは
慶長5年(1600)暴風のため大分県の佐志生に漂着した。
のとに家康の通商顧問になり、日英貿易の発展に貢献した。
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所在地・・日本橋室町 1-10 

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名水白木屋の井戸
マウスオン→クリックで戻る
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  1. 2012/07/25(水) 08:26:26|
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大江戸街歩き   日本橋界隈

日本銀行(金座跡)
上から見ると、ペパーミントの屋根がの形になっている。
江戸時代、金貨鋳造所の金座があった。
文禄4年(1595)家康が金工・後藤光次を江戸に招いて小判鋳造を始めた。
金座は勘定奉行の支配下にあって、金貨(小判・一分金)の鋳造・鑑定
地金類の買収・監察などをしていて、江戸、駿河、佐渡、京都の
四か所に置かれていた。
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貨幣博物館      日本銀行の前にある
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所在地・・中央区日本橋本石町

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一石橋(イチコクバシ)
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このビル・・壁面一面にバラの花が・・・本物ですよ~~
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延命地蔵尊
花柳章太郎が板絵・お千世の図額を奉納した地蔵尊
花柳章太郎は、戦前・戦後の新派を代表する女形役者で文化功労者。
当時まだ無名だった章太郎が日本橋の花街を舞台とした
日本芸者物語のお千世役を熱望、西河岸地蔵堂に祈願し起用された。
このお千世役が出世作となった。
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所在地・・中央区八重洲 1-2-5 
  1. 2012/07/24(火) 09:23:00|
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大江戸街歩き   日本橋界隈

三越本店
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屋上のバラコーナー
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沢山の人が・・・バラの手入れ講習会だった
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三越といえば三圍神社
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三圍神社→活動大黒天       マウスオン2枚です 
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所在地・・日本橋室町 1-4-1

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  1. 2012/07/23(月) 09:19:53|
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大江戸街歩き   日本橋界隈   

馬込勘解由屋敷跡
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宝田恵比寿神
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お竹大日如来井戸跡
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長崎屋跡(長崎奉行定宿)
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このあたりに昔、長崎屋があった。       12052321g
 
                       

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  1. 2012/07/22(日) 09:29:56|
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大江戸街歩き   小伝馬町②

身延山別院
明治16年(1883)、身延別院創建の際、
山梨県身延山久遠寺から迎え本尊とした。
大正12年(1923)の関東大震災にも焼失を免れ、
昭和47年(1972)4月、都指定有形文化財に指定された
製作年代の明確な日蓮聖人の座像として貴重なもの。
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油かけ大黒天神
                          
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所在地・・中央区日本橋小伝馬町 3-2                        

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  1. 2012/07/21(土) 09:17:40|
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大江戸街歩   小伝馬町①

十思公園(ジッシコウエン) 
江戸時代には旅人宿の多い賑わった町で、繊維問屋や金物問屋も多く連なっていた。

十思とは、明治初期の行政区画の第十四区の読み方に因んでいる。
当地には隣接している大安楽寺などを含めて2千6百坪余りの
牢屋敷があった。牢屋敷は江戸初期までは常盤橋門外にあったが
その後、この伝馬町移転した。ここには多い時で900人余の未決囚が収監され
牢奉行の石出帯刀のもと、斬首刑が行われていた。
斬首刑は、有名な山田浅右衛門が同心に替わって行うことが多く
幕末では7代目・山田浅右衛門が吉田松陰、頼三樹三郎、橋本佐内らの首を切った。

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吉田松陰終焉の地
安政元年にペリーが再来した時に渡航を画し失敗
伝馬町牢獄の収監され、安政6年に最後の時をここで迎え
「身はたとひ 武蔵の野辺に くちぬとも 留めおかまし 大和魂」ではじまる
「留魂録」を死の前日に書き残した。また処刑が確定した時の
「親思う 心にまさる 親心 けふのおとずれ 何ときくらん」の辞世の句も有名。
安政6年10月27日、享年30歳、生涯不犯だったという。
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時の鐘
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所在地・・中央区日本橋小伝馬町 5
                        

                        
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  1. 2012/07/20(金) 08:14:58|
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東京街歩き


同潤会上野下アパート
同潤会アパートは昭和元年~9年(1926~1934)に、東京と横浜で
計16ヶ所に造られたのだそうだが、建設後70年以上が経ち、
ほとんどのアパートは老朽化のため解体され、建て替えられた。
青山アパートは表参道ヒルズに姿を変えた。
同潤会アパートで残っているのは、この上野下アパート二棟だけ。
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所在地・・台東区東上野 5-4
  1. 2012/07/19(木) 08:17:26|
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山陽道⑲   御国野町

播磨国分寺跡

奈良時代、天平13年(741)聖武天皇の発願で国ごとに置かれた官寺。
古代国分寺の遺構は2町四方の規模に及び
寺域中央に、南から南大門・中門・金堂・講堂が一直線に並び、
中門と金堂は回廊で結ばれ、東南の隅には七重の塔があったという。
金堂前の燈籠も確認されている。
現存の本堂は、寛永16年(1639)、姫路城主・松平忠明が菩提所として再建したもの。
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所在地・・兵庫県姫路市御国野町国分寺

  1. 2012/07/17(火) 09:23:20|
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山陽道⑱   御着宿

高砂神社
相生の松で知られ、能・謡曲の『高砂』の舞台の一つとも言われている。
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あるとき、1つの根から雌雄2本の幹をもつ松が境内に生えた。
この松は、尉(伊弉諾尊)と姥(伊弉冊尊)の2神が宿る霊松とされ
相生の松と称された。初代相生の松は天禄年間に、2代目は兵火によって
天正年間に枯死したと伝えられている。
本多忠政がこれを惜しみ、遷宮の際に3代目の相生の松を植えたと言われている。
3代目相生の松は大正13年に天然記念物に指定されたが
昭和12年に枯死、幹が霊松殿で保存されている。
一木かと見れば二木を 二木かと見れば一木を 雌雄のこの松 
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現在は5代目の松が枝を張る。
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なお、相生の松の他にもいぶき(高砂市保存樹)も神木とされており、
「高砂」の登場人物である阿蘇の宮神主・友成の杖から発芽したとする伝説がある。
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所在地・・兵庫県高砂市高砂町東宮町 190


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  1. 2012/07/16(月) 09:01:09|
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山陽道⑰   加古川宿

尾上神社
神功皇后が三韓征伐の際に、この地に上陸したが
長雨のために船を進めることが出来なかったため、
鏡の池で潔斎沐浴して晴天を祈願し、住吉大明神を勧請したことが、
当神社の起源といわれる。
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境内には高砂にも詠まれた「尾上の松」があることで有名。
赤松と黒松が一本の木・・・
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一本に木に雄雌の枝
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無双の名鐘とも呼ばれる梵鐘は、高さ123.5cm、口径73.5cmの
高麗時代の顕宗2年(1011)前後に鋳造された朝鮮鐘で、
如来坐像や優美な飛天(ヒテン)の姿などが鋳出されている。
播磨鑑(カガミ)には、鐘を盗んだ海賊が逆風にあおられ、
驚いて鐘を海に投げ込むと収まり、海賊は逃げ去った。
その後、夜になると海中が光るようになり、魚が逃げて漁が出来なくなった。
網を使ってなんとか引き揚げ高野山に奉納されたが
鐘を鳴らすたびに「オノエヘ、イノー、オノエヘ、イノー」(尾上へ帰ろ)
と聞こえるため、調べると尾上の鐘だという事が分かり帰ってきた。
というエピソードが記されている。
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所在地・・兵庫県加古川市尾上町長田字尾上林518
  1. 2012/07/15(日) 09:59:59|
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山陽道⑯   明石

柿本神社に隣接して明石天文台がある。
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見上げたら、ちょうど正午・・・ラッキー
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天文台から見た明石海峡大橋
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宇宙桜と芭蕉の句碑    ほととぎす きえいくかたや しまひとつ
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  1. 2012/07/14(土) 18:36:51|
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山陽道⑮   明石

柿本神社
弘仁2年(811)、弘法大師が各地を巡っていた時に明石を訪れた。
この時、赤松塚に月照寺(柿本神社の隣にある)を建立した。
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その後、寺僧覚証は和歌を好んだが、人麻呂の霊がこの地にとどまっていると感じ、
寺の背後に小さい祠を建てたのが仁和3年(878)。
これが柿本神社の始まりと言われている。
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マウスオンして下さい。


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蛸壷塚
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名水長寿亀の水
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所在地・・ 明石市人丸町 1-26
  1. 2012/07/13(金) 09:53:59|
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山陽道⑭   神戸

須磨寺にあった  平敦盛 首塚
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須磨寺の参道の入り口に平重衡とらわれの松跡がある。
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須磨寺から少し離れた所に
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所在地・・兵庫県神戸市須磨区須磨寺町 
  1. 2012/07/12(木) 09:47:16|
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山陽道⑬   神戸

須磨寺
平安時代の初め、漁師が和田岬の沖で引き上げた聖観音像を仁和2年(886)に
聞鏡上人が現在の地に移したのが始まり。
平敦盛遺愛の「青葉の笛」や弁慶の鐘、敦盛首塚、義経腰掛の松などがある。
源平ゆかりの古刹として有名で、古来より
源平の浪漫を偲んで訪れる文人墨客も多く、境内のあちこちに
句碑や歌碑が点在する。

仁王門
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本 堂
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本 坊
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書 院
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三重塔
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源平の庭
平敦盛と熊谷直実の一騎討ちの場
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芭蕉の句碑  須磨寺や 吹かぬ笛聞く 木下闇
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これも狛犬かな~
クリック・4枚です。
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所在地・・兵庫県神戸市須磨区須磨寺町 4-6-8 続きを読む
  1. 2012/07/08(日) 08:52:15|
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山陽道⑫

平忠度腕塚
平清盛の末弟で、文武ともに優れ、源平一の谷合戦(1184)では
大将だった平忠度が、戦いに敗れ駒ヶ林へ落ちのびていたところ
源氏の武士・岡部六弥太忠澄と組み合いになった。
そこに忠澄の供の者が駆けつけ、忠度の右腕を切り落としたという。
忠度は静かに念仏して打たれ、そのエビラ(矢を入れて背に背負う道具)には
行きくれて 木の下かげを宿とせば 花やこよひの 主ならまし
という歌が書かれた紙片が結ばれていたという。
この腕塚は忠度の切落された腕を埋めた所と伝えられ
腕・腰・足の痛みがなおると人々から信仰されている。
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平忠度首塚
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  1. 2012/07/07(土) 10:15:12|
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山陽道⑪   兵庫

湊川神社
湊川の戦いで足利軍と激戦の末、敗れ戦死した楠木正成ほか
一族17人の霊を祀る神社で、地元では楠公さんと呼ばれている。
大楠公に対する尊敬は公の生前中にもみられたが、
ことに江戸期の元禄5年(1692)徳川光圀が大楠公討ち死にの地、湊川に
「嗚呼(ああ)忠臣楠子之墓」と刻んだ墓碑を建てて以来、
公を慕う精神は全国に流布した。
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明治維新なるや、明治天皇は勅令を出し
明治5年5月24日鎮祭されたのが現在の湊川神社である。
表神門
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御社殿
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4枚目のしめ縄が張ってある所が自決した所。
マウスオン・クリック・Wクリック・4枚です。 
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熊子さんのソースをお借りしました.

所在地・・兵庫県神戸市中央区多聞通3-1-1
  1. 2012/07/06(金) 07:48:47|
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山陽道⑩   神戸

旧外国人居留地
安政5年(1858)の日米修好通商条約によって設置されることになり
神戸開港の半年前から設営を開始。
初代兵庫県知事・伊藤博文のもと、イギリス人技師・ハートが諸施設の設計にあたった。
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南京町は、外国人居留地に住むことが認められていなかった
中国人によって築かれてきた。
神戸開港当時、中国人は居留地の近辺に居留する場所を決め
現在の南京町へと発展していった。

三宮神社
神戸の中心地・三宮。その「三宮」という地名の由来となったのが、
大丸神戸店のすぐ傍にある、この三宮神社。
一般に「三宮」といえば、律令制時代の国における3番目の格式を持つ
神社の事を指すが、神戸元町にある三宮神社は、
生田神社に所縁のある神々を祀る「生田八裔神社」のうちの
3番目の神社という位置付けで、航海・交通安全と商売繁盛に
利益があり、知恵授けの御神徳のある神社としても知られている。
三宮神社は、かつては西国街道に面していた。
田園風景の中にひときわ目を引く深い森が広がり、
アヤメが植えられ、境内に清水が湧き出す井戸があるなど、
まさに文字通り「オアシス」として旅人たちの渇きを癒していた。
三宮神社の井戸から湧き出す上質の清水は、
開港間もない神戸港を出入りする船舶の飲料水としても重宝された。
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所在地・・神戸市中央区三宮町2-4-4


神戸海軍操練所跡碑
元治元年(1864)
勝海舟が開いた海軍学校で、日本海軍の発祥とされる。
開所期間は非常に短かったが、その間に坂本龍馬、陸奥宗光などに偉人を輩出した。
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  1. 2012/07/05(木) 09:42:36|
  2. 街道巡り
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山陽道⑨   兵庫宿

生田神社
当初は生田川上流の砂子山(イサゴヤマ)に祀られていたが
延暦18年(799)4月9日の大洪水により砂山の麓が崩れ、
山全体が崩壊するおそれがあったため、村人の刀祢七太夫が祠から御神体を持ち帰り、
その8日後に現在地にある生田の森に移転したといわれている。
また洪水の時、茂らせた松が全く役に立たなかったので
それ以来松を嫌うようになったという。
一の谷の戦いでは平知盛が大将となり、生田の森を
東の砦として守りを固め、源範頼軍との間で激戦が展開された。
また織田信長と荒木村重の戦いもこの地で行われた。
現在の神戸市中央区の一帯が社領であった所から、
神地神戸の神戸(カンベ)がこの地の呼称となり
中世には紺戸(コンベ)近年に神戸(コウベ)と呼ばれるようになった。

末社....大海神社
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末社....酒の神.松尾神社
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梶原の井
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拝 殿
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蛭子神社
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折鳥居と礎石
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市杵島神社(生田弁財天)
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生田の森
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所在地・・兵庫県神戸市中央区下山手通 1-2-1

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  1. 2012/07/04(水) 09:40:20|
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山陽道⑧   西宮

西宮神社

福の神、商売の神様として、日本に約3500社ある、えびす神社の総本社(えびす宮総本社)
地元では「西宮のえべっさん」と呼ばれる。
創建時期は不明だが、平安時代には「えびす社」として
当地で既に篤く信仰されていたことが記録に残っている。
「西宮」という名称の起こりについては諸説あるが、
えびす神を最初におまつりしていたと伝えられる鳴尾や
古代の先進地域である津門から見て「西の方の宮」という説や
京都から見て貴族の崇敬篤き廣田神社を含む神社群を指して「西宮」と称していたが、
戎神信仰の隆盛と共に戎社を「西宮」と呼ぶようになったという説がある。
正月の十日戎には、宵戎・本戎・残り福の三日間合わせて
百万人を越す人出で賑わう。

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南宮神社
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庭津火神社
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本 殿
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大国主西神社
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沖恵美酒神社
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芭蕉句碑    扇にて 酒くむかげや 散る桜
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春もやや 景色ととのふ 月と梅
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所在地・・兵庫県西宮市社家町1番17号

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  1. 2012/07/02(月) 09:37:35|
  2. 街道巡り
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鎌倉を歩く


アジサイの季節も終わりに近づいたので、友人と鎌倉に行きました。
平日にも関わらず、ものすごい人出です
長谷寺は、アジサイよりも鑑賞する人の方が多かったんじゃない? 
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チャンネルをクリックしてください。 右の電源を切ると画面が消えます。
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熊子さんのソースをお借りしました

  1. 2012/07/01(日) 10:45:50|
  2. 鎌  倉
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