すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

奥の細道・番外編 ⑫   嵯峨野

清涼寺
マウスオンして下さい。


仁王門
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本 堂
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薬師寺
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鐘 楼
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一切経蔵
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豊臣秀頼公首塚
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所在地・・京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
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  1. 2013/01/31(木) 10:13:14|
  2. 奥の細道
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奥の細道・番外編 ⑪   大津

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唐崎神社
日吉大社の摂社
舒明天皇6年(633)琴御館宇志丸宿弥が
この地に居住して唐崎と名付けた。
持統天皇(697)の代の創建。
古来、ここ唐崎は七瀬之祓(ヒチセノハライ)の一所と定められ、
朝廷を始め国家の大事に当っての祓を行なう霊場だった。
古くは唐崎神社を女別当社ともいい、
現在でも女性の信仰が極めて篤い神社。
婦人病・下の病に効くといわれる「茅の輪守り」を受ける
参拝者が遠近より多数訪れる。
近江八景の一つ「唐崎の夜雨」の題材になっている。

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芭蕉の句碑  唐崎の 松は花より 朧にて
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所在地・・滋賀県大津市大津市唐崎 1-7-1

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  1. 2013/01/30(水) 13:42:57|
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奥の細道・番外編 ⑩   大津

西教寺

信長の比叡山焼き討ちの際に全焼したが、
坂本城の城主・明智光秀はその再興に努力した。
総門は坂本城城門を移築。
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総門の脇にある沢庵禅師の碑
禅師は、慶長19年(1614)5月頃京都をでて
石山寺、三井寺を参詣し、琵琶湖を船で坂本へ渡り、
ここ西教寺に来た。
『西方行者がこの山に居住されてから、
称名念仏が日夜絶えることなく静かに続けられている。
周囲の樹林や小鳥もみな念仏を唱えているようだ。
この山に来て、この世の安住の地があるように』
という意味の詩を詠んだ。
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勅使門
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本 堂
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客 殿
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鐘楼堂の鐘は「陣鐘」といわれる。
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大本坊
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明智家の菩提寺でもあり、妻・一族とともに手厚く葬られた。
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明智光秀の辞世の句碑
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芭蕉の月さびよ 明智が妻の はなしせむの句碑がある。
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所在地・・大津市坂本5丁目 続きを読む
  1. 2013/01/28(月) 08:53:44|
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奥の細道・番外編 ⑨   大津

浮御堂
海門山満月寺といい、平安時代、湖上安全と衆生済度を祈願して
琵琶湖中に建立し、千体の阿弥陀仏が安置された。
近江八景「堅田の落雁」で名高い浮御堂は、伊吹、長命寺、
水茎、三上、鈴鹿、比良、比叡の諸峰、沖ノ島を一望におさめ、
風花雪月、四季それぞれの風趣がある。
芭蕉、広重、北斎等、多くの文人墨客が訪れている。
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マウスオン・クリック、3枚です 
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芭蕉の句碑  比良三上 雪さしわたせ 鷺の橋
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所在地・・大津市本堅田 1-16-18
  1. 2013/01/27(日) 17:07:11|
  2. 奥の細道
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奥の細道・番外編 ⑧   大津

祥瑞寺
室町時代の応永年間(1394~1428)
京都大徳寺の僧・華叟宗曇(カソウソウドン)が開いた。
頓智話で有名な一休も苦心の末、許されて入門し、
彼のもとで厳しい修行をした。
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芭蕉は元禄3年(1690)の秋に訪れ
朝茶飲む 僧静かなり 菊の花と、詠んでいる。
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所在地・・滋賀県大津市本堅田 1-27-20
  1. 2013/01/26(土) 09:17:32|
  2. 奥の細道
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奥の細道・番外編 ⑦   大津

本福寺
開基は善道(元・御上神社宮司)、南北朝時代の創建。
善道は八幡太郎義家の弟・義綱の子孫で、
本願寺の第三代法主覚如上人を師として帰依、
上人を助けて本願寺の復興に尽力し、堅田門徒への布教に努めた。
堅田に所在したことから水陸交通の有利さがみられ、
門徒による広い商業活動もあり、寺内町を形成していった。
善道の孫である第三世法住法師は、
蓮如上人(本願寺第八代住職)の片腕と言われ、
浄土真宗布教活動の第一歩の拠点を堅田で始めることに貢献した。

山  門
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本  堂
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鐘  楼
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蓮如堂
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この地の住職で、芭蕉の門人でもあった千那を訪ねた時に
病雁の 夜寒に落ちて 旅寝かなと詠んでいる。
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所在地・・大津市本堅田一丁目
  1. 2013/01/25(金) 09:51:44|
  2. 奥の細道
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奥の細道・番外編 ⑥   大津

幻住庵
「奥の細道」の旅の翌年の、元禄3年(1690)4月から4ヶ月の間
芭蕉は近江の門人・曲水の勧めによって、この庵に滞在した。
ここでの生活の様子や、それまで辿ってきた芭蕉の俳諧道への
心境などを述べたのが「幻住庵記」であり、
「奥の細道」と並ぶ俳文の傑作とされている。

幻住庵に至る「せせらぎの道」              とくとくの泉
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幻住庵内部、織部燈籠、幻住庵からの眺め
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Sakuraさんのソースをお借りしました


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所在地・・大津市国分2丁目
  1. 2013/01/23(水) 19:30:21|
  2. 奥の細道
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スカイツリー


友達と久しぶりにスカイツリーを見に行ってきた。
高い所が苦手な私は、もちろん上らなかったが・・・

十間橋から撮影
スカイツリー1
川に写ったスカイツリー
スカイツリー2

源森橋から撮影
スカイツリー3
スカイツリー4

枕橋から撮影
スカイツリー5
スカイツリー6

アサヒビール本社ビルに映ったスカイツリー
スカイツリー7
                      
  1. 2013/01/22(火) 20:44:16|
  2. 東  京

奥の細道・番外編 ⑤   大津

義仲寺
奥の細道の長旅から帰った芭蕉は、
元禄2年(1689)12月から元禄4年(1691)9月までの
長期間大津に滞在したが、
その間の仮宿となったのが義仲寺の無明庵と
国分山の幻住庵である。芭蕉は大阪にて客死したが、
その遺骸は遺言により義仲寺境内に埋葬された。
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山門前右手にある巴地蔵堂
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翁堂と天井と安置されている芭蕉像
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木曽義仲公の墓
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巴 塚
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芭蕉翁の墓
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木曽八幡社
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無明庵
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所在地・・滋賀県大津市馬場 1-5-12
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  1. 2013/01/21(月) 08:53:26|
  2. 奥の細道
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奥の細道・番外編 ④   大津      

三井寺
天台宗門宗の総本山で、日本四箇大寺の一つに数えられる。
長い歴史の上で、再三の兵火にあい焼失したが
豊臣氏や徳川氏の尽力で再興され、現在も国宝、重要文化財、
名園など貴重な寺宝を数多く伝えている。 <
仁王門
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

三重塔
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閼伽井屋
天智・天武・持統の三天皇が産湯に用いられたという泉が涌く。
泉を護る覆屋は、慶長5年(1600)の建立。
正面上部にある左甚五郎作の龍の彫刻が有名。
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閼伽井石庭
日本最古の庭園である。
蓬莱山といい、東海中にあって仙人が住み
不老不死の地と考えられている霊山を形取った石組である。
中央より人、神佛、鶴、亀と配されている。
三井石庭

弁慶の引き摺り鐘
延暦寺との争いで、弁慶が奪って比叡山へ引き摺り上げてついてみると
「イノー・イノー」(関西弁で帰りたい)と、響いたので、
弁慶は鐘を谷底へ投げ捨ててしまったという。
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現在もその時のものと思われる傷痕や破目がある。

芭蕉の句碑  三井寺の 門たたかばや けふの月
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所在地・・滋賀県大津市園城寺町
  1. 2013/01/19(土) 08:18:08|
  2. 奥の細道
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奥の細道・番外編 ③   伊賀上野   

蓑虫庵
無明庵、西麓庵、東麓庵、瓢竹庵とともに
芭蕉翁五庵の一つとされているが、
唯一現存するのがこの蓑虫庵である。
門弟・服部土芳の草庵で、貞享5年(1688)庵開きの祝いとして
芭蕉が贈った句「蓑虫の 音を聞に来よ 草の庵」
ちなんで名付けられた。
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蓑虫庵
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芭蕉堂
堂内には、芭蕉像と土芳の位牌が祀ってある。
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古池塚


古池塚

古池や 蛙飛こむ 水の音 
            はせを
 


なづな塚

よく見れば なづな花咲く 垣ねかな  
                  はせを
なづな塚
若菜塚


若菜塚

卒度往て 若菜摘はや 鶴の傍  
                土芳


みの虫塚

みの虫の 音を聞ばや よこの庵 
                 黄子園
みの虫塚
わらじ塚

わらじ塚

この処は芭蕉が帰郷のさい
脱ぎ捨てたわらじを
土芳がもらいうけて塚にした。



服部土芳供養墓所
服部土芳供養墓所

所在地・・伊賀市上野西日南町 1820
  1. 2013/01/17(木) 08:45:27|
  2. 奥の細道
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奥の細道・番外編 ②   伊賀上野    

鍵屋の辻
日本三大仇討ちの一つ、伊賀越仇討のあった場所。
伊勢街道と奈良街道の分岐点である。
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上野城跡
北には服部川と柘植川、南には久米川、西側には
木津川の本流が流れ、城と城下町を取り巻く要害の地にある。
織田信雄の家臣・滝川雄利は平楽寺の跡に砦を築いた。
その後、天正13年(1585) に筒井定次によって改修され、
慶長16年(1611)徳川家康の命を負って藤堂高虎が拡張したが、
大坂の役によって豊臣氏が滅んだため築城が中止され、
本丸・二ノ丸などの城代屋敷を除いて未完成のまま
江戸時代を過ごした。
城を含めた近隣一帯は上野公園として整備されていて、
松尾芭蕉を祀る俳聖殿、芭蕉翁記念館、伊賀流忍者博物館がある。
現在の天守閣は、昭和初期に建てられた模擬天守
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長年日本一といわれてきた藤堂高虎の高さ約30メートルの高石垣
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俳聖殿
芭蕉の旅をあらわす聖堂で、上の丸い屋根は旅笠、
下の八角形のひさしは袈裟、それを支える柱は行脚する芭蕉の杖
「俳聖殿」の木額は顔をアレンジしている。
堂の中には、伊賀焼の芭蕉翁瞑想像が安置されている。
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芭蕉の句碑 「やまざとは まんざい遅し 梅の花」
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所在地・・三重県伊賀市上野丸之内
  1. 2013/01/15(火) 08:53:32|
  2. 奥の細道
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久しぶりの雪

1月14日、数年ぶりに雪が降った。
10㌢以上は積もった。
雪1
雪2
雪3
雪4
雪5
雪6


  1. 2013/01/14(月) 21:46:59|
  2. 東  京

奥の細道・番外編 ①


2010年・11年の二年をかけて歩いた奥の細道・・
2012年2月、芭蕉が生まれた伊賀上野、活躍した京都、
そして終焉の地・大阪を訪ねた。

芭蕉の生家
正保元年(1644)松尾与左衛門の次男としてここで生まれた。
幼少より藤堂藩の侍大将・藤堂新七郎家に仕え
跡継ぎの良忠が京都の北村季吟に俳諧を学んでいたことから
俳諧好きであった芭蕉も良忠とともに俳諧を学んだといわれる。
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釣月軒(チョウゲツケン)
生家の裏にあり、芭蕉が処女句集「貝おほひ」を執筆したところで
伊賀へ帰省の際は、この建物で起居した。
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所在地・・ 三重県上野市赤坂町 304


田楽家 わかや
芭蕉も食べた田楽家
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所在地・・三重県伊賀市上野西大手町 3591 
  1. 2013/01/13(日) 16:43:47|
  2. 奥の細道
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大江戸街歩き   千住界隈

長圓寺
寛永4年(1627)に、出羽湯殿山の行者・雲海が
庵を結んだことに始まり、後に賢俊が開山した。
徳川9代将軍・家重の時代に栄えたといわれている。
魚藍観音や多くの人の信仰を集めていためやみ地蔵がある。
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魚藍観音
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めやみ地蔵
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八十八か所巡り毛彫石碣(ケボリセッケツ)
毛彫りとは「金属などに鏨(タガネ)で彫ること」
石碣は「イシブミ」つまり「石碑」
残念なことに表面の模様が見えにくくなってしまったが
芸術の香り高い作品で、民俗信仰を知る上で、貴重なもの。
石碣のタイトル 「四国八十八ヶ所廻り」と読める
長圓寺7
高い所に弘法大師       マウスオン2枚です 
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中央には観音像
長圓寺9
長圓寺10
長圓寺11
所在地・・足立区千住 4-27-5 


  1. 2013/01/12(土) 08:22:27|
  2. 東  京
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大江戸街歩き   千住界隈

安養院
北条時頼が創建したといわれる。
慶長3年、火災によって現在地へ移った。
安養院1
安養院2
安養院3

2体並んで立っている仲良し地蔵尊
左が寛文4年(1664) 右が寛文10年(1670)建立とある。
そして2体の前には、道祖神が寄り添って建っている。
安養院4

かんかん地蔵尊
石で叩くとかんかんと音がし、願い事がよく叶うというので、
顔の辺りが崩れて白く見えている。建立は元禄12年(1699)
安養院5

樹齢500年といわれる黒松
安養院6

芭蕉の句碑
安養院8
所在地・・足立区千住 5-17-9                          


名倉医院
開業は明和年間(1764~)240年も続いている病院。
骨接ぎの名医ということで全国から大八車に乗せられた
患者などが集まってきたので、病院の周りには患者専用の旅籠が
何軒も営業していたというほど。
名倉医院
所在地・・足立区千住 5-22-1  



  1. 2013/01/10(木) 14:52:19|
  2. 東  京
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大江戸街歩き   千住界隈

イトーヨーカ堂一号店 
ヨーカ堂1
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所在地・・足立区千住 3-2


本陣跡
マウスオンして下さい。

本陣跡2

吉田家
吉田家1

横山家
横山家1
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  1. 2013/01/08(火) 09:20:38|
  2. 東  京
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北海道


お正月、家族で北海道に行ってきました。

旧道庁 
札幌1

札幌2

電車の窓越しに写した小樽の海    クリック・3枚です。
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小樽4
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  1. 2013/01/06(日) 18:08:47|
  2.   旅  
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新年のご挨拶

新年のご挨拶を申し上げます。

今年も宜しくお願いします。
今年の大河ドラマは「八重の桜」
ということで、昨年行った会津・鶴ヶ城を
思い出してみました。

       
鶴ヶ城



クリック5枚です。
雪の鶴ヶ城
Sakuraさんのソースをお借りしました



鶴ヶ城6
所在地・・福島県会津若松市追手町 1-1
  1. 2013/01/02(水) 08:32:41|
  2. その他
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