すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

山陰道   益田市

三宅御土居跡(ミヤケオドイヤカタアト)
武士の館があった場所を土居といい、御土居とは敬称。
三宅御土居跡は益田氏の居館跡で、
居館が七尾城から益田川を隔てた対岸に築かれたのは、
平野部の開発に伴う水の管理や益田川の水運を掌握するため。
南側は益田川の支流と考えられる川を堀に兼用し、
残る三方には人 工的な堀が巡っていた。
11代兼見によって応安年間(1368~75)に築かれ、
天正11年(1583)頃に改修された。
三宅2
復元された井戸
三宅1

三宅3
高さ5mもある土塁跡
三宅4
遥か山の上に七尾城跡の旗
三宅6
マウスオン2枚です 
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これら外堀の水は益田川から大堰堤を設置し引き、
外堀の西側に江湾水溝を伸ばし、
益田川下流(当時は高津川)に結んだ。
所在地・・島根県益田市三宅町
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  1. 2013/05/30(木) 10:25:13|
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山陰道   益田市

柿本神社
柿本人麿は当地で没したと伝えられることから、
その霊を神として祀っている。
地元では「人丸神社」「人丸さん」とも呼ばれ、
歌道を始めとする学問や農業の神、
また石見産紙の祖神とされたことから殖産の神として
崇敬されるほか、「人麿(ひとまる)」を「火止まる」や
「人産まる」と解して、火防や安産の神としても崇敬されている。
柿本7

柿本6

柿本3 柿本4

柿本1

柿本2
所在地・・島根県益田市高津町上市イ 2616-1
  1. 2013/05/28(火) 20:06:15|
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東京街歩き 深川


寛永7年(1630)の創建と伝えられる。
以前は旧町名の西大工町にちなんで
西大稲荷と呼ばれていた。
関東大震災(1923)の後の区画整理により
町名が変更し、昭和27年から深川稲荷となった。
深川七福神の一つ(布袋尊)として親しまれている。
深川稲荷
所在地・・江東区清澄 2-12-12


臨川寺
承応2年(1653)鹿島根本寺の冷山和尚が、
根本寺と鹿島神宮とで争っていた寺領について寺社奉行に訴え、
その間の住まいとして草庵を結んだことに始まり、
その弟子の仏頂禅師が幕府に願い出て、
正徳3年(1713)創建した。
延宝8年(1680)深川に移り住んだ芭蕉は仏頂禅師と
親交が厚く、度々参禅に通ったという。
芭蕉が桃青と名乗ったのは禅師によるといわれる。
貞享4年(1687)の、芭蕉の紀行文「鹿島詣」には
曽良と宗波を伴い芭蕉庵から鹿島根本寺までの行程が記され、
おりおりにかはらぬ空の月かげも ちぢのながめは雲のまにまに
の仏頂和尚の歌や芭蕉らの句13句が記されている。
臨川寺

芭蕉由緒の碑と芭蕉墨直しの碑
玄武仏・梅花仏の碑
臨川寺1

玄武仏
宝暦から寛政(1751~1800)にかけて活躍した
美濃派の俳人神谷玄武坊のこと。
小石川白山門前に住み、俳号を俳仙堂・白山老人などと号した。
延享(1744~1747)のはじめ、各務支考により
京都双林寺に建立されていた芭蕉墨直の墨跡を写して
臨川寺に建て、毎年3月に墨直会を催した。
また、梅花仏の碑も建てた。

梅花仏
美濃山県郡北野(現岐阜市)に生まれ
幼時仏門(禅宗)に入るがのち還俗
元禄3年(1690)近江で芭蕉に入門する。
所在地・・江東区清澄 3-4-6


雄松院
雄松院1


松尾芭蕉の弟子の女医度会園女の墓。
斯波一有の妻、大坂で夫妻医業を営んでいた。
芭蕉は元禄7年大坂の園女宅で発病10月12日死去した。
園女は夫の死後、江戸に移住し富岡八幡宮前に住み
眼科医をしていた。
三十六歌仙に因んで36本の桜を深川の富岡八幡宮に奉納し
そこが桜の名所となった。
享保11年(1727)4月20日死去、雄松院に葬られた。

墓石に辞世の歌が記されている
秋の月 春の曙見し空は 夢かうつつか南無阿弥陀佛
雄松院
所在地・・江東区白河 1-1-8

仙台堀川
仙台堀川

海辺橋南詰にあった採荼庵跡
芭蕉はここから舟で北千住へ行き奥の細道に旅立った。
採荼庵跡 ここから舟で北千住へ

  1. 2013/05/26(日) 10:34:34|
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大江戸街歩き   世田谷・用賀

喜多見氷川神社
氷川神社

氷川神社1
マウスオン2枚です 
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氷川神社4

氷川神社5 氷川神社6
所在地・・世田谷区喜多見 4-26-1


次太夫堀公園民家園
公園の名称となっている「次太夫堀」とは、
稲毛・川崎領(神奈川県川崎市)の代官であった
小泉次太夫の指揮によって慶長2年(1597)から
15年の歳月をかけて開発された農業用水の事。
江戸時代後期の農村を再現、昭和63年に開園した。

15枚です。クリックして下さい
<<次太夫堀公園民家園
 non_nonさんのブログの小技からお借りしました。
所在地・・世田谷区喜多見 5-27-14
   
  1. 2013/05/24(金) 09:43:55|
  2. 東  京
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大江戸街歩き   世田谷・用賀

慶元寺 (江戸氏ゆかり)

マウスオンして下さい。


江戸太郎重長
平安時代末期、鎌倉時代初期の武将。
武蔵江戸氏・二代目当主
マウスオン2枚です 
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江戸太郎重長の墓 江戸太郎1
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。
所在地・・世田谷区喜多見 4-17  
  1. 2013/05/20(月) 11:42:48|
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大江戸街歩き   世田谷・用賀

第六天塚古墳
第六天古墳
第六天古墳1
                       
須賀神社
須賀神社
マウスオン・クリック、3枚です 
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  1. 2013/05/18(土) 11:02:41|
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大江戸街歩き   世田谷・用賀

知行院
知行院
知行院1
知行院2

たらようの木
葉は大きくて厚く、長さ20cmほどになる。
日当たりの良い場所ではやや葉の長さは短く、
日当たりの悪い場所の葉は細長い。
裏面は滑らかであり、ほとんど葉脈らしい物は見えない。
周辺には微細な鋸歯がある。
葉の裏面に堅いもので字や絵を書くと、
その部分がやがて黒くなって浮き上がる。
そのまま乾燥すると黒い部分は残るので保存する事ができる。
葉書の木とも呼ばれ、たまに郵便局の前庭などに
マウスオン2枚です 
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所在地・・世田谷区喜多見 5-19-2                           

稲荷塚古墳跡
喜多見古墳群の一つ、直径13m、高さ2.5mの円墳で、
周囲に幅2.5mの周溝をめぐっている。
長さ6mの横穴式石室は、凝灰岩切石で羽子板形に築造されている。
石室内から圭頭大刀、直刀、刀子、鉄鏃、耳環、
玉類、土師器、須恵器が出土している。
古墳時代後期七世紀の砧地域の有力な族長墓と考えられる。
マウスオン2枚です 
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所在地・・世田谷区喜多見 4-7 

  
  1. 2013/05/17(金) 21:40:57|
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大江戸街歩き   世田谷・砧  

砧緑地公園
クルック・6枚です。
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

シャガ マウスオン2枚です 
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所在地・・世田谷区砧公園 1-1


                        
マウスオンして下さい。

マウスオン2枚です 
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光傳寺

光傳寺2

光傳寺3

光傳寺4

マウスオン2枚です 
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所在地・・世田谷区喜多見 5-13-10 
  1. 2013/05/16(木) 21:39:21|
  2. 東  京
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大江戸街歩き   世田谷・用賀

無量寺
無量寺

無量寺1

無量寺3

無量寺2
木の上に・・・カラスが針金ハンガーで巣を作っている。
マウスオン2枚です 
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所在地・・世田谷区用賀 4-20-1                          
  1. 2013/05/14(火) 09:10:43|
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大江戸街歩 世田谷・用賀

真福寺
古くから山門が朱塗りのため「赤門寺」と呼ばれている。
真福寺1

平安末期から鎌倉時代初期、ここ勢多郷に
僧侶のための真言密教瑜伽の修験道場が開かれた。
勢田郷は現在、瀬田という地名で残っているが
当時は用賀を含めた広い範囲をそう呼んでいたらしい
用賀の地名は瑜伽、ユガ、ヨガ、ヨーガ、用賀となった。
大山道の2つのルートの交差する要所として門前町が発展した。
真福寺2

真福寺3

大山道の三叉路にあって道標となっていた庚申堂と太子堂。
真福寺4

芭蕉の句碑
芭蕉が大山街道から用賀を訪れた時の句
みちのべの木槿(ムクゲ)は馬に喰はれけり 
真福寺5
所在地・・世田谷区用賀 4-14-4                           

  1. 2013/05/12(日) 17:04:28|
  2. 東  京
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山陰道22   津和野の町並み

家老多胡家表門
マウスオン2枚です 
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藩校 養老館
マウスオン・クリック、3枚です 
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マウスオン2枚です 
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。
  1. 2013/05/11(土) 14:21:20|
  2. 街道巡り
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山陰道21   津和野

太鼓谷稲成神社
安永2年(1773)、津和野藩7代藩主・亀井矩貞が、
領民安寧のために京都の伏見稲荷大社から勧請を受け、
三本松城(津和野城)の鬼門に当たる太皷谷の峰に社を創建した。
以降、歴代藩主の崇敬を受け、廃藩後は庶民も参拝できるようになり、
中国地方有数の稲荷神社となった。
全国で唯一「いなり」を「稲成」と表記する。
稲成1

本  殿
マウスオン・クリック、3枚です 
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元  宮
マウスオン2枚です 
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千本稲成へ
マウスオン・クリック、3枚です 
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所在地・・島根県鹿足郡津和野町後田 409


彌栄(ヤサカ)神社
正長元年(1428)三本松城主・吉見氏が
祇園社の分霊を太鼓谷山に勧請したのが初まり。
永享9年(1437)吉見弘信が社地を現在地に遷座し、
三本松城の鬼門を守る社とした。
吉見氏以降、坂崎成正を経て亀井氏が藩政を執るようになり、
廃藩に至るまで藩主の造営や寄進を受け、町民の崇敬を集めた。
創建時より「滝本祇園社」という社名であり、
現在の社名に改めたのは慶応3年(1867)
マウスオン2枚です 
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彌栄神社3
所在地・・島根県鹿足郡津和野町後田 67
  1. 2013/05/10(金) 10:03:04|
  2. 街道巡り
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山陰道⑳   津和野

津和野城跡
弘安5年(1283)吉見頼行は沿岸防備のため
西石見地方の地頭としてこの地に赴任した。
永仁3年(1295)より三本松城(津和野城の旧名)の築城を開始
正中元年(1324)完成し以後、14代にわたり吉見氏が居城した。
慶長5年(1600)14代広長の時、関ヶ原の戦いで敗北した
毛利氏とともに津和野を去り萩に移住した。
代わって坂崎直盛が入城し城の大改修を行った。
大手の位置を改め、出丸や織部丸、二の丸、天守を築いた。
城址16
クリックして下さい、別画面がでます。
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

元和3年(1617)には亀井政矩が入城。
以後、明治維新まで11代にわたり亀井氏の居城となったが
明治4年(1871)廃藩置県により廃城となり、
翌年、山上の城は解体された。

山上から見た津和野の町
マウスオン2枚です 
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津和野藩御殿 津和野4
マウスオン2枚です 
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物見櫓
津和野1
津和野5

馬場先櫓
津和野8
マウスオン2枚です 
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津和野川
   津和野9
所在地・・島根県鹿足郡津和野町後田
  1. 2013/05/09(木) 10:11:55|
  2. 街道巡り
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山陰道⑲   津和野

西周(ニシ アマネ)旧宅
マウスオンして下さい。


マウスオン・クリック、3枚です 
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鷲原八幡宮 流鏑馬の馬場
マウスオン2枚です 
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森鴎外旧宅
鴎外9

鴎外1

鴎外2

鴎外4
マウスオンして下さい。


鴎外3
鴎外5
鴎外6
鴎外7
所在地・・島根県鹿足郡津和野町

山上 津和野城址から見た鴎外邸
鴎外
  1. 2013/05/07(火) 10:24:20|
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調布市 深大寺

なんじゃもんじゃの木
深大寺の「なんじゃもんじゃの木」が満開だと聞いて
さっそく行って来た。
なんじゃもんじゃ2なんじゃもんじゃ1

マウスオンすると副画像が・・クリックすると写真が出ます。
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。
所在地・・調布市深大寺元町 5-15-1
  1. 2013/05/06(月) 10:11:09|
  2. 東  京
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福島県喜多方

喜多方の旅館 ⇒おさらぎの宿
おさらぎの宿

喜多方の蔵の町で知り合った宿の会長さんの
ご好意で、吊るし雛を見せていただきました。
おさらぎの宿1

おさらぎの宿2

おさらぎの宿3

おさらぎの宿4

おさらぎの宿5

おさらぎの宿6

おさらぎの宿7

おさらぎの宿8

おさらぎの宿9

おさらぎの宿10

おさらぎの宿11

おさらぎの宿12

おさらぎの宿14

おさらぎの宿15

重要文化財の茶卓 
クリックして下さい⇒秋田県羽後町の西馬音内盆踊り
おさらぎの宿17
おさらぎの宿18
おさらぎの宿19 おさらぎの宿20 おさらぎの宿21 おさらぎの宿22 おさらぎの宿23
所在地・・喜多方市岩月町宮津惣社原 4113-1
  1. 2013/05/05(日) 10:05:54|
  2.   旅  
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福島県喜多方

「なまえ」
お昼は名物・喜多方ラーメン なまえ

喜多方

馬車の駅
マウスオン2枚です 
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大森屋店蔵
マウスオン2枚です 
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味噌・醤油の店金忠
左隣は炭火焼きの本格味噌田楽と
オリジナル味噌スウィーツ 田楽喫茶「豆〇」
金忠豆

小原酒店 <
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

モーツアルトの曲を聴かせて作った「蔵粋」(クラシック)
聴かせる曲によって味が違うという・・確かに・・・
蔵粋(クラシック)
所在地・・喜多方市字南町
  1. 2013/05/03(金) 14:37:43|
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福島県喜多方

沼の平

沼の平3

沼の平5

沼の平6

沼の平7

鏡  桜
沼の平の山奥の鏡池という小さな池の畔に
一本のオオヤマザクラがある。
樹齢100年くらいの大木で
幹は根元から十数本に分かれ、大きく枝を広げ
池に身を乗り出すように立っている。
満開の時には池の水面に映って見事な美しさだ。
鏡桜1
所在地・・福島県喜多方市山都町朝倉字天王ノ上

  1. 2013/05/02(木) 09:49:15|
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福島県三春の滝桜と大内宿  

梅と桃と桜が同時期に咲くところから
三春とよばれるようになったという。
三春


樹齢1000年を超えるといわれる三春の滝桜
エドヒガン系のベニシダレザクラで「日本三大桜」の1つ。
満開時、滝が流れ落ちるかのように見える。
例年は4月の中旬から下旬にかけて満開になる。
ところが今年は・・・
<
4月24日、花は殆ど散って!
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。
所在地・・福島県田村郡三春町大字滝字桜久保

大内宿
クリック・5枚です。
<<
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

会津に行くと、泊まるのは大内宿内の民宿「伊勢屋」さん
おかあさんの手作り山菜料理に魅せられてます。
マウスオン2枚です 
<
所在地・・南会津郡下郷町大字大内字山本 33

  1. 2013/05/01(水) 09:28:05|
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クラシック・アナログ時計

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