すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

大江戸街歩き   高輪   


高輪プリンスホテル
プリンス


東禅寺
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東禅寺2

東禅寺3

東禅寺4

東禅寺5

東禅寺6
所在地・・港区高輪 3-16-16 


洞坂 (ホラザカ)
法螺坂・鯔坂とも書く。
昔、この辺りは洞村といった。
地名の由来は、昔ほら貝が出たからとか、
くぼ地だから洞というなどの説がある。
洞坂2


桂坂
由来は、昔蔦葛(ツtkズラ)蔓延っていたからとか
かつらをかぶった僧が品川からの帰途、急死したからとかいう。
桂坂2


高輪神社
室町中期の明応年間の創建と伝えられる。
古くから高輪ヶ原といわれた周辺の総鎮守として信仰されてきた。
マウスオン・クリック、3枚です 
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高輪神社4 高輪神社6

高輪神社11

高輪神社8

高輪神社9 高輪神社10
所在地・・港区高輪 2-14-18 
     
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  1. 2013/06/30(日) 10:40:38|
  2. 東  京
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山陰道

荒神谷遺跡
荒神谷

荒神谷3

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はす1

ハス1
所在地・・ 島根県簸川郡斐川町神庭西谷
  1. 2013/06/29(土) 12:32:28|
  2. 街道巡り
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山陰道   出雲市

出雲阿国(イズモオクニ)の墓
安土桃山時代の女性芸能者。
出雲国松江の鍛冶・中村三右衛門の娘といい、
出雲大社の巫女となり、文禄年間に出雲大社勧進のため
諸国を巡回したところ評判となったといわれている。 
夫は名古屋山三郎で、夫婦共に歌舞伎の祖といわれている。

かぶき踊り
阿国歌舞は、慶長8年(1603)春に北野天満宮に
舞台をかけて興行を行った。
男装して茶屋遊びに通う伊達男を演じるもので、
京都で大変な人気を集めた。
同年5月には御所でも「かぶき踊り」を演じた。
阿国は四条河原などで勧進興行を行った。
阿国一座が評判になるとこれを真似た芝居が遊女によって
盛んに演じられるようになり、遊女歌舞伎となった。
このころの歌舞伎は、女性によるセクシャルなもので、
儒学を重んじる徳川幕府などにより、女性による歌舞伎は禁止された。
その後、少年による若衆歌舞伎が行われるようになるが
衆道(男色)も盛んに行われた時代でもあり、
少年である役者に手を出すものも後を絶たず、
今のような野郎歌舞伎(役者が全員成年男子)にかわった。
阿国の墓1
所在地・・島根県出雲市大社町杵築北


日御碕神社
祖霊社
日御碕神社

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日御碕神社2

日御碕神社3

日御碕神社4

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所在地・・島根県出雲市大社町日御碕 455

日御碕灯台
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所在地・島根県出雲市大社町日御碕秋台原山 1478
  1. 2013/06/28(金) 09:46:29|
  2. 街道巡り
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山陰道   出雲市

☛出雲大社
神々の国の象徴として八雲山を背に鎮座し
古くから福の神、縁結びの神として信仰を集める。
起源は記紀の国譲り神話とされ、
国土を造った大国主命が天照大御神に地上の支配権を譲り
代わりに大きな宮殿を建ててもらった。
20以上の摂社・末社があり
毎年10月には全国の神様が出雲に大集合!
10月は一般的には「神無月」というが、地元では「神在月」という
創建については、日本神話などにその伝承が語られている。
伝承の内容や大社の呼び名は様々だが、
天津神(または天皇)の命によって、国津神である
大国主神の宮が建てられたということであり、
その創建が単なる在地の信仰によるものではなく、
古代における国家的な事業として行われたものという。


祓 社  (ハラエノヤシロ)
まずは、このお社でお浄めをして
マウスオン・クリック、3枚です 
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クルック・5枚です。
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。


拝 殿
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八足門 → 楼門 → 本殿
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本殿の正面は南向きだが、殿内の神座は西向きで
稲佐の浜の方角を向いているため、
本殿の正面から参拝すると神体の横顔を拝んでいる事になる。
まず本殿正面から参拝した後、神座正面のこの場所から
再度、参拝する。
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木の幹いっぱいの御神籤
いずも1
5

御饌井(ミケイ)
いずも16

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宝 庫
いずも27

彰古館
いずも28

神楽殿
クリック・4枚です。
<<神楽殿
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

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所在地・・島根県出雲市大社町杵築東 195 続きを読む
  1. 2013/06/26(水) 09:45:28|
  2. 街道巡り
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山陰道   出雲市

旧大社駅舎
明治45年6月開業(出雲市~大社間)して以来、
平成2年の廃駅まで出雲大社の表玄関口として親しまれ、
全国でも珍しい神社様式を取り入れた
格調ある純日本風の木造建築の駅舎。
マウスオンして下さい。


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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

マウスオン・クリック、3枚です 
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屋根に施された、凝った装飾
① 寺院・仏殿などによく使われる
鴟尾(シビ)がついている。
これは、瓦葺屋根の大棟の両端につけられる飾りの一種で
火除けのまじないにしたといわれ、材質は瓦、石、青銅など。
マウスオン2枚です 
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②各破風には懸魚(ゲギチョ)が付けられ
瓦は特製で、一般の物より大きく、玄関中央の懸魚の上の
瓦は国鉄マークである動輪の瓦がある。
旧駅2
また、瓦の上には亀の彫物が付けられている。
旧駅18 旧駅19
旧駅20 旧駅21
所在地・・島根県出雲市大社町北荒木 441-3
  1. 2013/06/24(月) 15:44:17|
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山陰道   世界遺産 石見銀山

沖泊港  (銀の積出港)
銀山から西方8.8kmの日本海沿岸。
毛利氏が石見銀山を支配した16世紀
銀の積み出しと石見銀山への物資補給が行われた港
リアス式海岸の沖泊港は、波が静かで大型船が出入りできた。
港は物資を運ぶ人々の活気で溢れていた。 沖泊5

沖泊1

鼻ぐり岩
船を係留するための岩。
鼻ぐりとは牛の鼻輪の事で、岩に穴を開けたもの。
他に杭のように岩を立てた棒状のもの
臼石の形をしたものなどが、4百余りもあったという。
クリック・3枚です。
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沖泊6

沖泊10

恵比寿神社
沖泊の繁栄を今に伝える貴重な建造物。
1526年、筑前国那珂郡芦屋浦の住人によって建立された。
本殿は16世紀に遡る建築で、かっては
檜皮葺きで、カエルが足を広げたような
蟇股を持つ華麗な建物。
浜恵比寿神社としては極めて大きな建物。
マウスオン・クリック、3枚です 
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所在地・・島根県太田市温泉津町
  1. 2013/06/21(金) 07:26:03|
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山陰道   太田市

雅楽「ヤマタノオロチ」
ヤマタノオロチ(八岐大蛇、八俣遠呂智、八俣遠呂知)は
日本神話に登場する伝説の生物。
高天原を追放された須佐之男命は、
出雲国の肥河の上流の鳥髪に降り立った。
箸が流れてきた川を上ると、
美しい娘を間に老夫婦が泣いていた。
その夫婦は大山津見神の子の足名椎命と手名椎命であり、
娘は櫛名田比売(クシナダヒメ)といった。
夫婦には娘が8人いたが、年に一度、高志から
八俣遠呂智という8つの頭と8本の尾を持った
巨大な怪物がやって来て娘を食べてしまう。
今年も八俣遠呂智の来る時期が近付いたため、
最後に残った末娘の櫛名田比売も食べられてしまうと泣いていた。
須佐之男命は、櫛名田比売との結婚を条件に、
八俣遠呂智退治を請け負った。
まず、須佐之男命は櫛名田比売を櫛に変えてしまい、
自分の髪に挿した。
足名椎命と手名椎命に7回絞った強い酒(八塩折之酒)を醸し、
8つの門を作り、それぞれに酒を満たした酒桶を置くようにいった。
準備をして待っていると八俣遠呂智がやって来て、
8つの頭をそれぞれの酒桶に突っ込んで酒を飲み出した。
八俣遠呂智が酔って寝てしまうと、須佐之男命は十拳剣で切り刻んだ。
この時、尾を切ると剣の刃が欠け、その後尾の中から出てきた
草那芸之大刀(クサナギノタチ)を、天照御大神に献上した。
八俣遠呂智を退治した須佐之男命は、
櫛に変えた櫛名田比売を元の姿に戻し、
彼女と暮らす場所を求めて出雲の根之堅洲国の須賀の地へ行き、
そこで[八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を)と詠んだ。
22枚です。早めにクリックして下さい
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。 続きを読む
  1. 2013/06/19(水) 13:32:51|
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山陽道   世界遺産 石見銀山

温泉津(ユノツ)温泉
温泉津港から山側に伸びる温泉街は、
賑やかな歓楽街などが見られず、
鄙びた日本旅館が両側に立地する静かな街並み。
この古風な温泉街は平成16年7月、
「温泉津町温泉津伝統的建造物群保存地区」の名称で
国の重要伝統的建造物群保存地区として選定された。
温泉街としては初めての選定である。
又、温泉津は当時中世~近代に隆盛を誇った
石見銀の輸出港でもあった。
そのため世界遺産「石見銀山遺跡と
その文化的景観」の登録を受けた。
温泉津温泉13
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。


元湯泉薬湯薬師湯の2軒の湯元(共同浴場)がある。
2軒は斜向にあるが別々の泉源を用いていて
泉質が違う。
元湯泉薬湯は開湯時からの源泉を利用していて、
他の旅館等へ分湯する程の湯量がなく、
元湯直営の向かいの古風な3階建て木造旅館は
館内に内湯は無く共同浴場に通う
湯治場のスタイルを維持している。
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マウスオン 2枚です 
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薬師の湯
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石見銀山の町もそうだったが
とにかくお寺が多い。
惠珖寺 日蓮宗) 大永3年の建立
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屋根がついているのは
北前船で働いていた人たちの墓
えこうじ4


西楽寺 (浄土真宗)
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龍御前1
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龍御前4 龍御前5
後からみると可愛いよ~
龍御前7 龍御前6
所在地・・島根県大田市温泉津町
  1. 2013/06/18(火) 09:04:16|
  2. 街道巡り
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水元公園

菖蒲

水元公園でのオフ会に参加しました。
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

菖蒲12 菖蒲11 菖蒲13 菖蒲14

メタセコイア
メタセコイア1

メタセコイア4

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所在地・・葛飾区東金町5・8丁目
  1. 2013/06/16(日) 17:06:54|
  2. 東  京
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山陰道   世界遺産 石見銀山

城上神社(キガミジンジャ)
もとは馬路の城上山(高山)に建てられていたが
1434年に大内氏が石見銀山が栄えることを願って、
大森の香語山(愛宕山)に移した
その後、銀山を所有した毛利氏によって現在の場所に移された。
石見銀山60 石見銀山61
樹齢300年の相生の松
石見銀山62
所在地・・太田市大森 ィ-1477

代官所跡
石見銀山1

石見銀山8
石見銀山2

石見銀山3

石見銀山4

石見銀山5

石見銀山6
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石見銀山7
さすが世界遺産の町
この町には自販機がない・・やっと見つけた自販機は
町にとけこんでいた。
石見銀山43
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石見銀山44
  1. 2013/06/14(金) 23:12:23|
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山陰道   世界遺産 石見銀山

石見銀山50
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観世音寺
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。



羅漢寺
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

五百羅漢
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所在地・・島根県大田市大森町 イ-804
  1. 2013/06/13(木) 23:22:30|
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山陰道    世界遺産 石見銀山遺跡

清水谷錬所跡

明治になると、石見銀山では、一部の既存の間歩(坑道)を
利用した地元の人達による小規模な採掘がかろうじて続いていたが、
明治19年に大阪の藤田組が、仙ノ山の福石鉱床の金銀含有率と
量に着目し、近代的な製錬所を建設した。
しかし鉱石の品質が予想より悪く、また設備の銀の製錬能力も
なかったことから不採算となり、明治29年10月
開始からわずか1年半で操業で操業を停止した。
石見銀山16
マウスオン・クリック、3枚です 
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石見銀山24
マウスオン2枚です 
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クリック・4枚です。
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石見銀山37 石見銀山38

石見銀山39

石見銀山40
所在地・・島根県太田市大森町
  1. 2013/06/12(水) 09:50:38|
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山陰道    世界遺産 石見銀山遺跡

世界遺産 石見銀山遺跡
この銀山は、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて
最盛期を迎えた日本最大の銀山(現在は閉山)
最盛期の当時、日本は世界の銀の1/3を産出したと推定される。
江戸時代初期は佐摩銀山(サマギンザン)と呼ばれた。
明治期以降は銅などの鉱物が主に採鉱された。
石見銀山にある歴史的な建造物や遺構は市・県・国などによって
文化財に指定・選定され保護されて、2007年7月2日
世界遺産に登録された。
石見銀山9


初代奉行大久保石見守の墓
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石見銀山11

石見銀山21
この階段の上に墓がある。
石見銀山20

新切間歩(シンキリマブ)
マウスオン・クリック、3枚です 
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福神山間歩
石見銀山22 石見銀山23

龍源寺間歩
この間歩だけが公開されている。
石見銀山27 石見銀山28 石見銀山29 石見銀山30 石見銀山64
ノミの跡
石見銀山31
坑道の両側に人がやっと通れるくらいの小さな穴が
あちこちにある。ここで銀の採掘がされていたのだ・・・ 石見銀山32
鉱石を掘る
石見銀山65
鉱石を運ぶ
石見銀山66
水を汲む
石見銀山67
  1. 2013/06/11(火) 08:31:32|
  2. 街道巡り
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山陰道   浜田市

石見国一宮 物部神社
饒速日命の御子の宇摩志麻遅命は、
神武天皇の大和平定を助けた後、
一族を率いて美濃国・越国を平定した後に石見国で没した。
景行天皇の時代に物部竹子連が石見国造に任ぜられ、
その子孫は川合長田公を名乗り代々祭祀を行っていた。
物部1

宇摩志麻遅命が鶴にのって鶴降山に降りて国見をした
という伝説から鶴がいる。
物部4 物部5

物部2 物部3

拝殿本殿
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東五社
物部8

須賀見社・乙見社
物部9
所在地・・島根県大田市川合町川合 1545
  1. 2013/06/09(日) 20:47:35|
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山陰道   浜田市

石見国分寺跡
奈良時代、聖武天皇の国分寺・国分尼寺建立の詔により、
各国に国分寺・国分尼寺が造られた。
石見国分寺跡は現在の浄土真宗金蔵寺境内にあたり、
塔跡と礎石が一部や瓦・土器などが残っている。
石見国分寺1

石見国分寺2

石見国分寺3

RIMG0198.jpg

石見国分尼寺跡
石見国分尼寺

石見国分尼寺1

石見国分尼寺2
所在地・・島根県浜田市国分町
  1. 2013/06/08(土) 07:33:18|
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山陰道   浜田市

石見畳ヶ浦
マウスオンして下さい。


畳ヶ浦2
海蝕洞から見える猫島
畳ヶ浦4
賽の河原
畳ヶ浦3
猫 島
畳ヶ浦5

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畳を敷き詰めたような千畳敷には
節理による無数の亀裂がはしっている。
千畳敷を構成する岩盤は波食によって棚状になっていて
これは波食棚という砂岩層だ。
この砂岩には中期中新世の貝類、流木、クジラ骨などの化石が
含まれていて、非常に優れた保存状態を誇る。
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ノジュール(団塊)
至る所に腰掛けのように丸い石が並ぶ。
これはノジュールと呼ばれる。
1872年の浜田地震によって岩盤が隆起した時に
発生したもので、地層にしたがい規則的に11列に並んでいる。
ノジュールは貝殻に含まれる炭酸カルシウムの働きで
コンクリート状になっている全国的にも稀な現象で
地質学的にも極めて貴重なもの。
クリック・4枚です。
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Sakuraさんのソースをお借りしました
下線文




所在地・・島根県浜田市国分町



  1. 2013/06/06(木) 09:30:14|
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山陰道   浜田市   

浜田城跡 (別名 亀山城)
標高67mの丘陵上に築かれ、川と海に挟まれた天然の要塞
元和5年(1619)伊勢国松坂(三重県)の城主であった
古田重治が5万5千石の初代浜田藩主となり、
その居城として、翌年2月から浜田城の築城に着手。
元和9年(1623)には城及び城下が整った。
城としての役目は慶応2年(1866)7月、第二次長州征伐
(石州口の戦)の時に「自焼退城」となって終わった。
浜田城

浜田城17 浜田城18

浜田城2

石見護国神社
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。


山頂から見た「戸ノ浦湊」
写真の真ん中あたりに、「会津屋 八右衛門」の碑がある。
浜田城12

二ノ門 石垣跡 浜田城13

浜田城14

抱月碑 マウスオン2枚です 
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所在地・・島根県浜田市殿町古城山
  1. 2013/06/05(水) 09:31:37|
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山陰道   浜田市


大喜庵
雪舟が晩年を過した東光寺は、京都五山の
東福寺から名僧が派遣されて住持となるほどの名刹で、
伽藍や経蔵が備わった大寺だった。
東光寺が焼失した跡地に建てられた大喜庵に
雪舟の墓がある。
大喜庵2
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所在地・・島根県益田市乙吉町



会津屋八右衛門の碑
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八右衛門2

浜田亀山城址
浜田城1
所在地・・島根県益田市
  1. 2013/06/04(火) 09:28:17|
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山陰道   益田市

医光寺
前身は貞治2年(1363)の創建の天台宗・崇観寺という寺院。
医光寺はその塔頭だった。
崇観寺は代々益田氏の庇護を受けたが、戦国時代に荒廃。
天文年間に益田氏17代当主益田宗兼が塔頭医光寺を再興し
以後は医光寺が継承寺院となっている。
総門はかつての益田城(七尾城)の大手門を移したもの。
本堂裏には、5代目住職を務めた雪舟が
文明年間(1469~86)に造った池泉鑑賞半回遊式庭園がある。
現在の諸堂宇は、享保14年(1729)の大火後創建されたもの。                 
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中  門
医光寺4
本  堂
医光寺5
開山堂
医光寺6
鐘 楼
医光寺7
所在地・・島根県益田市染羽 4-29


住吉神社
七尾山山頂に七尾城跡がある。
長い石段を登って山の中腹には城山の鎮護として
住吉神社が祀られている。
裾野の七尾公園から山頂の城跡まで桜が続き名所になっている。
住吉神社4

住吉神社1

住吉神社3
所在地・・島根県益田市七生山
  1. 2013/06/01(土) 14:08:32|
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