すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

山陰道・出雲神話の世界


天と地が初めてあらわれた時、
大地は水に浮かんでいる油のように、
クラゲのようにふわふわと漂っていた。
高天原の神たちは、伊邪那岐命(イザナキノミコト)と
伊邪那美命(イザナミノミコト)という男女の神に命じた。
「この漂っている国を固めて仕上げなさい」
イザナキとイザナミは、天の浮き橋に立って、
天の沼矛を大地にさし下し、「こおろ、こおろ」 と
かき鳴らして引き上げると矛の先からしたたり落ちた塩が
積もりに積もってオノゴロ島となった。
この島に降り立ったイザナキとイザナミは
沢山の子どもを作ったが、イザナミは燃えさかる火の神を
生んだため大火傷をして死んでしまった。
イザナキは妻のイザナミをひと目見ようと思い、
黄泉の国まで追いかけて行った。
そして、イザナミが黄泉の国の御殿で出むかえた時に、
心をこめて言った。「愛しい妻よ。
私とおまえが作ろうとしている国はまだできていない。
だから、この世の国に帰ってくれ」
しかし、イザナミは、「あなたが早くいらっしゃらなくて残念です。
私は、黄泉の国で作った食べ物を口にしてしまったので、
もう帰れません。でも、愛しい夫よ。貴方が来てくださったので、
黄泉の国の神と相談しましょう。
その間、けっして私を見ないでください。
と言って、黄泉の国の御殿の中に入った。
その間がたいへん長くて、イザナキは待っていられなくなり、
髪の左のみづらにさしていた櫛の歯を一本折って火を点し
御殿の中に入り、イザナミの姿を見てしまった。
なんと、イザナミの体にはうじ虫がたかって「ころころ」とうごめいていて
頭、胸、腹などには雷神がいるではないか。
イザナキは恐れおののき、黄泉の国から逃げ帰ろうとしたが、
イザナミは、「よくも私に恥をかかせたな」 と言って、
ヨモツシコメに後を追わせた。
イザナキが逃げながら黒つる草の髪かざりを投げると、
地面に落ちてやまぶどうの木が生えた。
シコメがやまぶどうの実を拾って食べている間にイザナキは逃げた。
しかし、また追いかけてくるので、
イザナキが右のみづらにさしていた竹の櫛の歯を折って投げると、
今度は筍が生え、シコメがそれを抜いて食べている間に
イザナキはまた逃げた。
そこで、イザナミは、自分の体にいた雷神達に
千五百の軍勢をつけて追いかけさせた。
イザナキは、剣を抜いて体の後で振りながら逃げたが、
まだ追いかけて来る。
イザナキが、黄泉比良坂の麓に来た時に、
そこに生えていた桃の木から実を三つ取り、
待ちかまえて投げつけたところ、雷神達は黄泉の国に戻って行った。
とうとう、イザナミ自身が追いかけて来た。
イザナキは、千人で引くほどの重い大きな岩で、
黄泉比良坂をふさぎ、その岩を間に置いて向かい合って立った。
イザナミは、言った 「愛しい夫よ。あなたがこんな事をするのなら、
貴方の国の人を一日千人、殺してやる」
イザナキが答えた「愛しい妻よ。おまえが千人殺すなら、
私は、一日に千五百の産屋を建てよう」
こういう訳で、一日に必ず千人死に、
千五百人が生まれるようになったと伝えられている。

黄泉比良坂
黄泉比良坂1

黄泉比良坂2

黄泉比良坂5
黄泉比良坂3
黄泉の国とこの世をふさいだという千引岩
黄泉比良坂4
所在地・・島根県八束郡東出雲町揖屋
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  1. 2013/08/30(金) 09:45:47|
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山陰道・倉吉市

倉吉の町並み
倉吉の市内を流れる玉川沿いには、
昔ながらの土蔵や商家の町並みが保存され、
当時の倉吉の面影を残している。
白壁土蔵の多くは、江戸、明治期に建てられ、
漆喰の白い土壁、焼杉の黒い腰板、赤瓦などが、
懐かしい風情をかもしている。
この街並みは重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
14枚です。クリックして下さい
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 non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

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倉吉25

倉吉6

倉吉7

倉吉8
倉吉9

倉吉10
所在地・・鳥取県倉吉市魚町、研屋町、東仲町、新町1丁目、堺町1丁目
  1. 2013/08/28(水) 09:42:21|
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山陰道・倉吉市

大岳院
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<<山 門

大岳院5 大岳院4

里見八犬伝?
8犬1 8犬3 8犬4 8犬5 8犬6 8犬7 8犬8 8犬2
所在地・・鳥取県倉吉市東町 422
  1. 2013/08/26(月) 09:50:01|
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山陰道・鳥取

名和神社
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名和2

名和3

名和4

名和5
所在地・・鳥取県西伯郡大山町名和 556


後醍醐天皇腰掛岩
今から約670年前、元弘3年(1333)後醍醐天皇は、
一度失敗した倒幕と天皇中心の政治への野望を捨てきれず、
幕府軍に閉じこめられていた隠岐の島から命がけで脱出した。
そしてたどり着いたのが名和の湊(今の御来屋港)
この時、疲れた天皇が体を休めるため、
海岸にあった大きな岩に腰をかけたという。
30年くらい前までは海中にあったが
漁港の改修により海面から1.4m持ち上げられた。
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後醍醐天皇の歌碑
忘れめや よるべもなみの荒磯を 御舟の上にとめし心を
後醍醐1

御来屋(ミライヤ)港   この海の向こうが隠岐の島
後醍醐4
所在地・・鳥取県西伯郡大山町御来屋 
  1. 2013/08/24(土) 09:48:39|
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山陰道・安来市

清水寺
用明天皇2年(587)尊隆上人によって開かれた
当時この山は一滴の水も出なかったが、
一週間、祈願したところ水が湧出し、
しかもその水が雨期にも濁ることなく乾期にも枯れることなく
常に清い水を湛えたところから清い水の出る寺、清水寺と命名。
早くから朝廷や多くの豪族の信仰を受けて栄え、
盛時には48坊を数えたが、尼子と毛利の戦いに巻き込まれ
毛利に全山を焼かれたが、江戸時代に入って
松江藩主歴代の庇護を受け伽藍を再興。
クリック・10枚です。
<<岩不動
 non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

清水寺10 清水寺11

護摩堂
清水寺12

根本堂
清水寺13

毘沙門堂
清水寺16

三重塔は山陰唯一であり、清水寺のシンボルとなっている。
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所在地・・安来市清水町 528
  1. 2013/08/22(木) 09:47:29|
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山陰道・松江市

月照寺
松江藩主松平家の菩堤寺で、初代直政から
九代斉斎(ナリヨシ)までの墓がある。
墓所と廟門は当時のものがほぼ完全な姿で残っていて、
その閑雅さを小泉八雲も絶賛したという
が、この日は参拝する事ができなかった。
月照寺3
松平治卿(ハルサト)愛用の「茶の湯の水」
月照寺2
雷電の碑  マウスオン2枚です 
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所在地・・松江市外中原町


月山富田(ガッサントダ)城跡
戦国時代には中国地方の中枢となる城だったが
往時を偲ぶ建物は一つも残っていない。
残っているのは山頂の石垣と麓石垣、小原家の長屋門だけ。
月山富山1

月山富山2

月山富山3
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所在地・・安来市広瀬町町帳 752
  1. 2013/08/21(水) 09:45:21|
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山陰道・松江市

塩見縄手
松江城北側の堀沿いは、縄のように一筋に延びた一本道で
この道の中央に「塩見小兵衛」の屋敷があった事が名前の由来。

武家屋敷
このあたりは二百石から六百石取りの
中老格の藩士の屋敷が並んでいたところで、
現在の屋敷は享保18年(1733)に建てられた
275年前のもの。
その中には、松江をこよなく愛した
作家、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が
妻・せつと過ごした旧居もある。
武家屋敷9
マウスオン・クリック、3枚です 
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門を入ると玄関の前に砂が盛ってある・・・なんだ?これ~
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井戸
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台所から瓶が半分出ている。
武家屋敷10
中に入ってみると・・瓶が半分
外から井戸水を入れて。中で使う、
生活の知恵だ、素晴らしい。
武家屋敷11
湯殿(お風呂)
武家屋敷12

武家屋敷13

武家屋敷14

武家屋敷5

屋敷の前の堀沿いの松
武家屋敷18
所在地・・松江市北堀町
  1. 2013/08/19(月) 09:44:10|
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山陰道・松江市

松江城 (千鳥城)
慶長12年(1607)松江開府の祖・堀尾吉晴が
5年の歳月をかけて完成した。
以来、堀尾氏三代、京極氏の治政を経て
寛永15年(1638)からは松平氏が城主となり
その間一度も戦乱に巻き込まれることもなく
明治維新を迎えた、山陰地方唯一
全国に現存する12の天守閣の一つ。
最上階は望楼式で、下見板張りの壁や
狭間、石落しなどがあり、桃山風の壮重雄大な姿である。

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井戸
地階(穴蔵の間)は、籠城用生活物資の貯蔵倉庫で
中央には、深さ24メートルの井戸があり
北方の池の底とほぼ同底で常時飲料水が得られた。
松江城6

石落とし
2階の四隅と東・西・北壁にある幅広い穴が石落としで、
石垣に近づく敵に石を落とすようになっている。
外部からは発見しにくいように構造物を利用している。
松江城7

桐の階段
板の厚さ約10cm、階段の幅1.6mで、
階段を引き上げたり、防火防腐のために桐を使った
他の城では見られない特殊なもの。
松江城9

寄木柱
柱は、肥え松の一本の柱の外側に板を揃えて寄せ合わせ、
これを金輪で締めて太い柱が作られている。
この寄木柱の方が普通の柱より力学的に強く吉晴の苦心の作。
松江城14

天守閣からの眺め
クリック・4枚です。
<<堀川が見える
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

二の丸にある松江神社
堀尾吉晴(松江開府の祖)松平直政(松平初代藩主)
松平治郷(第七代藩主)徳川家康という、
かつての松江代表+日本代表の面々をを祀った神社
松江神社1

松江神社2

松江神社3 松江神社4
所在地・・松江市殿町

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  1. 2013/08/17(土) 09:43:18|
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山陰道・松江市

六所神社
国府跡1
マウスオン・クリック、3枚です 
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マウスオン・クリック、3枚です 
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国府跡2

国府跡3

国府跡4

国府跡5

六所神社境内東側に
国庁とみられる掘立柱建物の遺構が確認された。
奈良・平安時代の出雲国の政治的中心地で
現在の県庁や市役所などが集まった官庁街にあたる。
国庁や意宇郡家、意宇軍団、黒田駅、役人の住居などが
山陰道など東西南北に走る幹線道路沿いに
建っていたと考えられてる。
国府跡9

国府跡8

国府跡6

国府跡7
所在地・・島根県松江市大草町
  1. 2013/08/15(木) 09:42:05|
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山陰道・松江市

神魂(カモス)神社
伊弉冊大神(イザナミ)を主祭神とし、
伊弉諾大神(イザナギ)を配祀している。
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一の鳥居
神魂1
二の鳥居
神魂2

神魂3
女坂
神魂4
男坂
神魂5
拝殿
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拝殿の中
神魂7
拝殿と本殿
神魂9
摂社  左が男神社  右女神社
神魂10

狛犬?
神魂11 神魂12

本殿の床下の高さが高く、柱は太く
棟持ち柱が側柱よりも外側に飛び出していて
古い大社造りの特徴をよく残している。
意宇(オウ)六社の一つに数えられる格式高い神社。
神魂13
所在地・・島根県松江市大庭町 563


  1. 2013/08/13(火) 09:05:40|
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山陰道・松江市

八雲立つ風土記の丘
奈良時代の天平5年(733)に編纂された『出雲風土記』の
国引き神話を起源とする意宇郡(オウノコオリ)の中心にあたる地域で
古代出雲文化の発祥の地とされている。
全国で6番目の風土記の丘。
風土記の丘1

復元された古墳時代中期(5世紀頃)の竪穴式住居「古代家屋」
風土記の丘4
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風土記の丘9
風土記の丘5


風土記の丘6
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岡田山1号墳
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岡田山2号墳
風土記の丘10
風土記の丘11

風土記の丘16

風土記の丘17
所在地・・島根県松江市大庭町 456 
  1. 2013/08/12(月) 09:06:02|
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山陰道・松江市

玉作湯神社
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湯神社1

長い階段の途中に大きな狛犬が・・・
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上りきった所にも一対。
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マウスオン・クリック、3枚です 
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湯神社15
湯神社16

左から、素鵞神社と同社に座す
記加羅志神社(素盞鳴尊)
福徳神社(大己貴神)
澤玉神社(猿田彦命)
湯神社17

稲荷神社(宇賀魂命)
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湯神社22
所在地・・島根県松江市玉湯町玉造 508
  1. 2013/08/10(土) 09:43:18|
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山陰道・松江市

出雲玉作史跡公園
玉作1
玉造温泉街一帯は、古墳時代から奈良・平安時代にかけて
勾玉や管玉など「玉」の一大生産地だった。
温泉街を見下ろす丘陵上にある宮垣地区もその一つで、
玉作りが盛んに行われていた証しとなる遺物が
数多く発掘された場所で、その貴重な遺跡を保存、整備された。

復元した竪穴式住居
マウスオンして下さい。

玉作4

発掘したままの工房を露出展示した円すい形の覆屋
玉作9

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玉作8

工房があった位置を示す台座
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玉作12

記加羅志(キガシラ)神社跡古墳などが点在している。
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玉作6
所在地・・島根県松江市玉湯町玉造
  1. 2013/08/09(金) 10:02:51|
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山陰道・松江市

伊志見(イジミ)一里塚
松江市宍道(シンジ)町にある一里塚。
一里塚とは、街道に1里(約4km)ごとに設置された塚のことで、
慶長9年(1604)幕府は日本橋を起点とした主要街道に
このような一里塚を築かせ、全国に普及させた。
伊志見一里塚は、松江城下から約5里(約20km)地点
往時は塚上に松が植えられ、山陰道を往来する旅人の目印になった。
史跡に指定されたころは、南塚の松の樹高は約16.4m、
北塚の松の樹高が約15.5mあったといわれるが、
虫害のため昭和40年代に伐採されてしまった。
現在は道をはさんで南北に2つの塚が残っていて、
北塚は直径約5.1m、高さ約1.3m
南塚は直径約5m、高さ約0.7m
また南北両塚の間隔は約5.5mあり、
往時の山陰道の道幅を推定できる。
対で塚が残っているのは珍しい
マウスオン・クリック、3枚です 
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所在地・・松江市宍道町伊志見灘


八雲本陣・木幡家住宅
マウスオンして下さい。

クリック・4枚です。
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。
所在地・・松江市宍道町 1335

宿並み
八雲

八雲1

八雲2

よく見ると、どの家も間口が斜めになっている。
これは鬼門を避けているのだそうだ。
八雲3
  1. 2013/08/07(水) 10:31:29|
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山陽道・松江市   

美保神社
美保13
事代主神系えびす社3000余社の総本社。
(蛭子神系のえびす社の総本社は西宮神社)
えびす神としての商売繁盛の神徳のほか、
漁業・海運の神、田の虫除けの神として信仰を集める。
また「鳴り物」の神様として楽器の奉納も多い。

参道鳥居
美保1

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マウスオン・クリック、3枚です
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美保6

美保21 美保22
随身門
美保7

回廊つき神門
美保8

美保16 美保18

拝殿 → 本殿
本殿は大社造を2棟並べた美保造り(比翼大社造)という
珍しい建築様式で
右殿に大国主神の子の事代主神、
左殿に大国主神の后の三穂津姫命を祀る。
屋根の両端を交叉させた部材を千木といい
祭神が男神の社は外削ぎ(先端を地面に対して垂直に削る)
女神の社は内削ぎ(水平に削る)

現在の本殿は文化十年(1813年)の造営。
マウスオン・クリック、3枚です 
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青石畳通り
昔懐かしい家並みが建ち並ぶ石畳の通り。
この石畳、雨の日にはうっすらと青色に変化することから
その名が付いたと言われ、高浜虚子など文豪も多く訪れた
由緒正しい旅館や旧家が並んでいる。
その一角、「太鼓醤油店」は、美食家・北大路魯山人も
その味を絶賛したという蔵を構えて約100年の老舗。 <
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non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

美保関の港
美保が関港
所在地・・島根県松江市美保関町美保関 608 
  1. 2013/08/05(月) 09:16:28|
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山陰道・雲南市

菅谷たたら山内


かつてたたら製鉄が操業されていた高殿と呼ばれる形式の
生産施設が唯一残されていて
国の重要有形民俗文化財に指定されている。
大正10年5月5日の最後の操業まで約1世紀もの長い間、
世界一ともいわれる高品質の鋼を作り出してきた。
高殿のほかにも、鉄山経営の事務所的役割を果たした「元小屋」や、
たたらで生産された大きな鉄のかたまりを粉砕する「大銅場」など、
山内には当時「たたら」に関わった人たちの空気が今も漂っている。
たたら16
マウスオン2枚です 
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送風水車小屋
たたら7


山内は「たたら師」達の集落であり、特殊な集団社会を構成していた。
その面影を偲ぶことができる日本唯一の場所である。
たたら1
たたら2

桂の木
製鉄の神である金屋子神が降臨したという
ゆかりの木で、神木として崇められてきた。
たたら9

4月上旬から約4週間で三色に変化する
紅葉ではなく新芽→そして新緑に
たたら12 たたら11 たたら10

たたら3

たたら4

たたら5

たたら6

たたら8
所在地・・島根県雲南市吉田町吉田 4210-2
  1. 2013/08/03(土) 10:11:52|
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大江戸街歩き   千代田区紀尾井町・麹町

清水谷公園
清水谷に建てられていた大久保利通遭難記念敷地一帯が、
同碑建設発起人から寄贈され、明治23年3月に開園した。
公園のある辺り一帯は、江戸時代の紀伊家、井伊家の
屋敷境にあり、この境が谷であった事、紀伊家屋敷内に
霊水(清水)が湧き出ていたことから清水谷と呼ばれていた。
開園当時は、自然の地形を残した背景と藤、桜など
四季折々の風情があり、花見の時期は賑わった。
現在も、中央の大久保公の追悼碑を囲んで、
多くの樹木が配置され、園内には江戸時代の
水道に使われていた玉川上水石枡が展示されていて、
水にゆかりの深い所だったことが分かる。
大都会東京の中心部にある緑豊かなオアシスとして貴重な存在。
清水谷2
マウスオンして下さい。

清水谷3

大久保利通遭難記念碑
清水谷1
マウスオンして下さい。

 
紀尾井坂
紀尾井坂
ホテルニューオオタニ
紀尾井

紀尾井2

心法寺
慶長2年(1597)徳川家康を開基に創建。
当初は周辺の商工業者を檀家にしていたが
後には尾張徳川家など武士の檀家も増え
天保9年(1838)の火災後の再建には
尾張家中屋敷御殿の木曽材が使われた。
8代将軍・吉宗に重用され、見沼代用水の開削などを
行った治水家・井沢弥惣兵衛などの墓がある。
千代田区内では唯一、墓地のある寺。
心法寺2

心法寺4

心法寺3
下野皆川藩松平家の墓所
心法寺5
所在地・・千代田区麹町 6-4-2


四谷見附
四谷2
四谷駅
四谷1
  1. 2013/08/01(木) 09:15:58|
  2. 東  京
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クラシック・アナログ時計

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