すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

大江戸街歩き・練馬

長命寺
慶長18年(1613) に後北条氏の一族である
増島重明(北条早雲のひ孫)によって
弘法大師像を祀る庵を作ったのが始まり。
その後重明の弟・増島重俊によって観音堂・金堂などが整えられた。
寛永17年(1640) 奈良・長谷寺の小池坊秀算により
十一面観音像が作られ、長命寺の称号を得る。
高野山奥の院を模して多くの石仏・石塔が作られていて、
東の高野山として人々から信仰を得るようになった。

南大門
三間一戸・切妻造の八脚門で、
前後左右の袖に四天王が安置されている。
長命寺1

鐘楼と十三仏
十三仏は室町時代から庶民信仰と深い因縁があり
初七日・不動、二七日・釈迦、三七日・文殊
四七日・普賢、五七日・地蔵、六七日・弥勒
七七日・薬師、百ヶ日・観音、一周忌・勢至
三回忌・阿弥陀、七回忌・阿闍、十三回忌・大日
三十三回忌・虚空蔵とそれぞれ各諸仏諸菩薩が配され
又は生まれ年によって各人の守り本尊に
當てられているなど徳性の秀でた仏たち
長命寺4

本 堂
マウスオン2枚です 


地蔵堂
長命寺6

長命寺16

観音堂
長命寺15

東高野山奥ノ院
長命寺7
長命寺9
長命寺10

姿見ノ井戸
長命寺は江戸府内十七番目の大師霊場で
四国十七番井戸寺とは関係が深く、
昔からこの井戸の水に顔が写れば
長生きすると伝えられている。
長命寺13

御影堂
長命寺11
所在地・・練馬区高野台 3-10-3


 
スポンサーサイト
  1. 2013/09/29(日) 09:49:47|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

大江戸街歩き・練馬

池淵史跡公園
池淵遺跡を埋め戻し保存整備した。
旧石器時代の石器ブロックや縄文・弥生時代の
竪穴住居跡や中世の溝跡などが発見された。

旧内田家住宅
明治20年初めの茅葺住宅
マウスオン2枚です 


池淵史跡12

池淵史跡13
マウスオン2枚です 

マウスオン2枚です 
<


園内には区内各所にあった庚申塚や馬頭観音が配置されている。
池淵史跡5
池淵史跡6
池淵史跡7

力 石
江戸時代から明治時代まで、大きな石を用いた
力試しが盛んに行われていた。
この石は四拾八貫、五拾貫という重いものだが
三つとも田中礼三という同人物が持ち上げたもの。
池淵史跡8

池淵史跡9
池淵史跡10
所在地・・練馬区石神井町 5-12                        


続きを読む
  1. 2013/09/27(金) 10:00:51|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

大江戸街歩き・練馬

禅定寺
マウスオンして下さい。


禅定2

禅定3

禅定4

禅定5
所在地・・練馬区石神井町 5-19  
  1. 2013/09/26(木) 09:30:34|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0

大江戸街歩き・練馬

三宝寺
応永元年(1394) に鎌倉・大徳寺の幸尊法印によって開かれた。
石神井城を築き付近を治めていた豊島氏からも帰依を受けていた。
豊島氏が滅んだあと、後北条氏や徳川家からも保護を受け発展。
徳川家光の鷹狩の際に休憩場としても使われ、
朱印地十石を与えられ、また無本寺になり格式ある寺院となった。
山門は徳川家ゆかりの門ということで、御成門と呼ばれ、
現在のは1827年に建てられたもの。
マウスオン2枚です 

鐘楼堂
三宝寺5

大黒堂
三宝寺6

クリック・5枚です。
<<
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

大師堂
三宝寺13

この長屋門は勝海舟の邸宅にあった門である。
三宝寺14
所在地・・練馬区石神井台 1-15-6
  1. 2013/09/24(火) 10:00:55|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

大江戸街歩き・練馬

石神井氷川神社
応永年間(1394~1428)このあたりを治めていた豊嶋氏が、
石神井城の守護神として武蔵国一宮である
大宮の氷川神社から御分霊を勧請した。
文明9年(1477)太田道潅により石神井城が落城、
豊嶋氏は没落したが、当社は石神井郷の総鎮守として
地域住民の崇敬を集めて現在に至る。
境内には元禄12年(1699)豊嶋泰盈・泰音が奉納した
石灯籠が現存する。
石神井氷川神社2

阿吽両方とも子育てしてるのは珍しいかな~
石神井氷川神社4 石神井氷川神社5

石神井氷川神社6 石神井氷川神社7

石神井氷川神社3
所在地・・練馬区石神井台 1-18-24      
  1. 2013/09/22(日) 10:00:28|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:5

大江戸街歩き・練馬

三宝寺池
都立石神井公園の中にある。
井の頭池、善福寺池とともに武蔵野三大湧水池の一つ。
石神井1

石神井川の水源で流域の豪族であった豊島氏も、
この水の支配の為、池の南の台地に石神井城を築城した。
三宝寺池の鳥と水と樹々の音が、環境庁選定の
残したい日本の音風景100選に選ばれている。 <
< < < < < < < <
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

池の北側に姫塚がひっそり残されている姫塚
    文明9年(1477)石神井城が太田道灌に攻められ落城。
城主の豊島泰経は家宝の黄金の鞍を乗せた白馬と共に入水した。
その後を追って次女・照姫も入水したという。
姫塚1 姫塚2

宇賀神社 穴弁天
宇賀神社 穴弁天

水神社
マウスオン2枚です 
<

厳島神社
マウスオン2枚です 
<


石神井 石神井12
石神井13
マウスオン・クリック、3枚です 
<
所在地・・練馬区石神井台 1-26-1
  1. 2013/09/20(金) 09:02:44|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7

調布散歩

青渭神社
マウスオンして下さい。


深大寺34

深大寺31 青渭神社

深大寺32 深大寺33

深大寺29
マウスオン2枚です 
<
所在地・・調布市深大寺元町 5-17-10
  1. 2013/09/17(火) 08:26:37|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

調布散歩

深大寺
仏法を求めて天竺(インド)を旅した中国僧玄奘三蔵を
守護したとされる神「深沙大王」に因む。
天平5年(733)満功上人が法相宗の寺院として開創。
1646年と1865年に火災に遭い、堂宇の大半を失った。
現在の本堂は大正年間の再建。
東京都では浅草の浅草寺に次ぐ古刹。
深大寺は湧水の多い国分寺崖線の崖面に抱かれるように立地し、
現在でも境内に複数の湧水源をもつ。
湧水を利用した不動の滝は、東京の名湧水57選に選定されている。

マウスオン2枚です 
<

不動堂
深大寺25 不動堂

山 門
深大寺24 山門

鐘 楼
深大寺26 鐘楼

本 堂    マウスオン2枚です 
<

元三大師堂(ガンザンジダイシドウ)   マウスオン2枚です 
<
マウスオンして下さい。


釈迦堂
深大寺13
深大寺14 釈迦堂

深大寺12
深大寺11

開山堂
深大寺9
深大寺10 開山堂

延命観音
深大寺17
深大寺16 延命観音

深沙堂
深大寺18
深大寺19 深沙堂

大黒天・恵比寿尊
深大寺20 
所在地・・調布市深大寺元町 5-15-1


門前には沢山の蕎麦屋が並んでいる。
水の恵みを利用して、蕎麦の栽培、そば打ち、釜茹で、晒し、
水車を利用してのそばの製粉も行われ「深大寺そば」の名をはせた。
深大寺21
深大寺23

鬼太郎茶屋
深大寺22

隣接する都立神代植物公園は、旧寺領だった。

毎年3月3・4日に、日本三大だるま市の一つ
深大寺だるま市が開かれる。

  1. 2013/09/15(日) 08:49:53|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

古代蓮の里

古代蓮の里
約1400年から3000年前のものとされる行田蓮(古代蓮)を­
はじめとするおよそ12万株、42種類の蓮が植えられている。
午前中に開く蓮の花は­、6月下旬から8月上旬に見頃を迎える。
古代9

古代11
マウスオン2枚です 
<
マウスオン2枚です 
<

古代2
所在地・・埼玉県行田市小針 2375

続きを読む
  1. 2013/09/13(金) 10:00:53|
  2.   旅  
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

山陰道・出雲神話

須佐神社
須佐之男命の御終焉の地として御魂鎮めの霊地。
須佐之男命が各地を開拓した後に当地に来て最後の開拓をし、
「この国は良い国だから、自分の名前は岩木ではなく
土地につけよう」と言って「須佐」と命名し、
自らの御魂を鎮めた。
須佐之男命の御本宮として古くより須佐大宮、
天文年間には十三所大明神という。
出雲の大宮と称え、農耕、殖産、興業、延壽の神として
尊崇深厚あり、朝廷をはじめ累代国守、藩主、武将の崇敬は
申すに及ばず、世人の尊敬あつく、社殿の造営は、
武将、藩主によって行うのを例としてきた。
須佐1

亀 石
須佐10

随神門
須佐2

塩 井(シオノイ)
須佐7
マウスオン2枚です 
<

神楽殿
須佐6

拝 殿
マウスオン2枚です 
<


本 殿 大社造り
方二間(4m余)、高さ七間(12m余)
四方の柱の間に一本ずつの柱がある。
即ち方二間で中央に真柱がある。
中央と右中間の柱との間を壁でとじ、その奥を神座とする。
向かって右方一間を入口とし階(キザハシ)をつくる。
この入口が右方に偏っていることは他の神社や仏寺には
全く例のないことで、神社と住宅が分離しない
原始の建築を伝えている。
屋根は切妻栩葺(キリツマトチブキ)で妻の方に入口がある。
出雲大社と共に典型的な大社造りの建造物で
島根県重要文化財として指定されている
須佐5
所在地・・島根県出雲市佐田町須佐 730
  1. 2013/09/11(水) 09:56:16|
  2. 街道巡り
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

山陰道・雲南市


天が淵の近くにある万歳山の麓に住んでいた
稲田姫の両親の足名椎(アシナヅチ)と手名椎(テナヅチ)が祀られている。
この山腹に、二神を祀る二神岩(フタゴイワ)がある。
温泉神社1

温泉神社10 温泉神社11

温泉神社2

温泉神社8 温泉神社9

拝 殿
温泉神社3

温泉神社4

本 殿
温泉神社5

足名椎(アシナヅチ)と手名椎(テナヅチ)の神陵
温泉神社6

天照大御神の神陵
温泉神社7
所在地・・雲南市木次町湯村 1060

  1. 2013/09/09(月) 09:21:02|
  2. 街道巡り
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

山陰道・出雲神話

八重垣神社
素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した後、
櫛稲田姫との住居を構えたという須賀の地(須我神社)に創建され、
後に佐久佐神社の境内に遷座した。
佐久佐神社が近世に八重垣大明神と称された。
出雲の縁結びの大神として知られ、稲田姫が自分の姿を
映したといわれる鏡の池には、硬貨を紙片に浮かべて
早く沈むほど早く良縁に恵まれるというコイン占いがある。

夫婦椿・連理玉椿     マウスオン2枚です 
<

大鳥居
八重垣3

随神門
八重垣4

狛犬   マウスオン・クリック、3枚です 
<
マウスオン・クリック、3枚です 
<

拝 殿
八重垣5

山神神社
マウスオン2枚です 
<

夫婦椿・乙女椿
2本の根本が、地上で1本の幹になっている。
木が枯れても、また同じような椿が生えてくるのだとか。
八重垣8

マウスオンして下さい。


クリック・4枚です。
<<稲田姫を祀ってある
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

夫婦椿・子宝椿
八重垣14
所在地・・島根県松江市佐草町 227
  1. 2013/09/07(土) 09:29:43|
  2. 街道巡り
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

山陰道・出雲神話の世界

須我神社
須佐之男命は八岐大蛇を退治した後、
稲田比売命と結ばれ、二人で宮を建てる場所を
さがしもとめて、出雲の国の各地をめぐった。
ある場所に来たときに、「私はここに来て、
清々しくなり、気持ちが良くなった」 と
須佐之男が言ったので、宮を作り住むことにした。
今はその地を須我という。
宮ができると不思議なことに、その地から雲が立ち上り、
それを見た須佐之男は、「八雲立つ 出雲八重垣 
妻ごみに八重垣作る その八重垣を」という歌を詠んだ。
これが日本初の宮殿ということで日本初之宮と呼ばれ、
この時に須佐之男命が詠んだ歌が日本初の和歌ということで、
和歌発祥の地とされている。
マウスオン2枚です 
<

須我3

須我4

須我7 須我8

マウスオン2枚です 
<
所在地・・島根県雲南市大東町須賀 260 
続きを読む
  1. 2013/09/05(木) 09:16:59|
  2. 街道巡り
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

山陰道・出雲神話の世界


イザナキが黄泉の国から帰ってきて、
汚れたところを川で洗い流した時に沢山の神が生まれた。
左の目から生まれた神が天照大神。
右の目から生まれたのが月読命。
鼻から生まれたのが須佐之男命。
イザナキは「天照大神は高天原を治め、
月読命(ツクヨミノミコト)は海の潮流を治め、
素戔嗚尊は天下を治めるように命令した。
須佐之男命はそれを断り、母神伊邪那美のいる
根之堅洲国に行きたいと願い、
伊邪那岐の怒りをかって追放される。
そこで須佐之男命は根の国へ向う前に
姉の天照大神に別れの挨拶をしようと高天原へ上るが、
天照大神は彼が高天原に攻め入って来たのでは
と考えて武装して応対し、須佐之男命は疑いを解くために誓約を行う。
誓約によって潔白が証明された須佐之男命は高天原に滞在するが、
そこで粗暴な行為をしたので、天照大神は天の岩屋に隠れてしまった。
そのため、世界に闇がおとずれ、色々な災いが起こったために、
須佐之男命は高天原を追放された。
高天原から追い払われた須佐之男命は、
出雲の国の肥の河の畔の鳥髪に降り立った。
一休みして、斐伊川に目をらると箸が流れてきたので、
斐伊川

八岐大蛇公園
箸拾いの碑
箸ひろいの碑

この上流に人が住んでいるにちがいないと、
人を探しに上流へ上って行った。
しばらく行くと、おじいさんとおばあさんが娘を囲んで泣いていた。
「お前たち、なぜそんなに泣いているのだ」と訊ねると、
「私には八人の娘がいましたが、毎年八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)に
食べられてしまい、今年又やってくる時期なので
泣いているのです」と答えた。
「その八俣遠呂智はどんな姿をしているのだ」
「オロチは赤い大きな目をして、一つの胴体に、八つの頭、
八つの尾があり、その体には苔ばかりか、
杉や檜まで生えていて長さは八つの谷を渡り
八つの山を越えるほどで、その腹はいつも血がにじんで、
爛れています」 それを聞いた須佐之男命は
「娘と結婚させてくれ。私がオロチを退治してやろう」
「失礼ですがまだ、お名前も知りません」
「私は天照大神の弟で、須佐之男命という者だ」
「おそれ多いことです。ぜひ、娘と結婚してください」
須佐之男命は櫛名田比売(クシナダヒメ)の姿を
歯の多い櫛に変えて髪に挿し、八俣遠呂智を退治する。
そして八俣遠呂智の尾から出てきた天叢雲剣を
天照御大神に献上した。
この剣が三種の神器の一つ、草薙剣といわれている。
マウスオン・クリック、3枚です 
<
所在地・・島根県雲南市木次町新市

八俣遠呂智が住んでいたという天が淵
マウスオン2枚です 
<


  1. 2013/09/03(火) 09:17:29|
  2. 街道巡り
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:5

山陰道・出雲神話

揖夜神社
『古事記』には、黄泉の国と葦原中国(アシハラノナカツクニ)との境の
黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)は、出雲国の伊賦夜坂(イフヤサカ)
このあたりを指しているとあり
伊邪那美命(イザナミノミコト)を祀っていることなど書いてある。
黄泉国との境界を仕切る重要な意味を持つ社。
熊野大社と並んで出雲地方で最も古い社で、
意宇六社の1つでもある。

熊野大社(松江市八雲町)
真名井神社(松江市山代町)
揖夜神社(松江市東出雲町)
六所神社(松江市大草町)
八重垣神社(松江市佐草町)
神魂神社(松江市大庭町)


マウスオンして下さい。

揖夜神社1

揖夜神社10 揖夜神社11

揖夜神社2

揖夜神社3

揖夜神社4

揖夜神社5

揖夜神社6
大社造であるが、内部の造りは出雲大社とは逆の向きになっている。
揖夜神社7
揖夜神社8
所在地・・島根県松江市東出雲町揖屋 2229
  1. 2013/09/01(日) 09:13:10|
  2. 街道巡り
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

クラシック・アナログ時計

プロフィール

すた

Author:すた
毎日笑って、楽しく過ごしたい!

カレンダー


カテゴリ

電力使用状況&電気予報

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

最新トラックバック

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSリンクの表示

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR