すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

大江戸街歩き・台東区

法昌寺  下谷七福神・毘沙門天
慶安元年(1648)の創建。
元プロボクサーのたこ八郎の菩提寺で
たこ地蔵が傍らに祀られている。
法昌寺1
法昌寺2
たこ地蔵のお腹には、たこ八郎の
「めいわくかけて ありがとう」の文字が刻まれている。
マウスオン2枚です 
<

マウスオンして下さい。

法昌寺3
所在地・・台東区下谷 2-10-6  


下谷の町にあった昔ながらの家
下谷


英信寺
慶長年間(1596~1614)現在地に
知恩院第三十二世霊厳上人が創建。
当時は小さなお堂で紫雲院 といっていた。
英信寺と名を変えたのは明暦2年(1656)で
丹波国亀山城主・松平若狭守康信の子英信が二十三歳で死去し、
ここに葬られたのでその名をとって付けたという。
三面大黒天は、創建した当初から安置されていたもので、
弘法大師の作だと伝えられる。
真ん中に大黒、向かって右は弁財天、左が毘沙門天、
後部は宝珠形光背が付けてある。
三面大黒天は出世、開運、商売繁盛の御利益があるとして
新橋や柳橋に講があり、甲子(キノエネ)の縁日には
お参りの人々で賑わったという。
マウスオン・クリック、3枚です 
<
所在地・・台東区下谷 2-5-14 


真源寺  入谷鬼子母神
マウスオンして下さい。

大田南畝の狂歌「恐れ入りやの鬼子母神」という洒落も有名。
入谷鬼子母神2

入谷鬼子母神3
所在地・・台東区下谷 1-12-16 
スポンサーサイト
  1. 2014/01/30(木) 10:52:53|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

大江戸街歩き・台東区

下谷 三島神社
弘安4年、元寇の役で勇将河野通有は、
氏神三島大明神に祈願し勝利を治めた。
その後神のお告げにより大山祇大明神を
武蔵国豊島郡に勧請し分霊を金杉村の
この三島神社に遷座した。
当神社の宮司は代々河野通有の子孫が奉仕している。
三島2

三島6 三島7

三島神社3
三島1

三島4
三島5
所在地・・台東区下谷 3-7-5  


小野照崎神社
マウスオンして下さい。


小野照1

小野照2

マウスオン・クリック、3枚です 
<
所在地・・台東区下谷 2-13-14 

  1. 2014/01/28(火) 09:14:16|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

大江戸街歩き・台東区

西徳寺
寛永5年(1628)、佛光寺門徒の聞法道場の一つとして
江戸の金助町(現在の文京区本郷付近)に建立された。
建立後天和の大火など、江戸を襲った火災で
焼け出されること三度、現在地に移転したのは天和3年(1683)
徳川幕府時代、明治維新後も西徳寺は発展を続けたが、
大正12年(192年)の関東地震の時に本堂が全壊した。
マウスオン2枚です 
<

西徳3

歌舞伎の先代17世中村勘三郎(波野家)の菩提寺。
先だって亡くなった18世中村勘三郎氏も
この寺に眠っている。
西徳4

屋根に竜のおとし子は珍しい
西徳5
所在地・・台東区竜泉 1-20-19


大音寺  投込み寺
鷲神社の斜向かいにある寺で、多くの遊女が葬られた。
マウスオン2枚です 
<
  1. 2014/01/26(日) 15:42:58|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

大江戸街歩き・台東区

鷲(オオトリ)神社
古来この地に天日鷲命が祀られていて
その神社に日本武尊が東征の折に戦勝を
祈願したとされるが、実際は隣接する
長国寺に祀られていた鷲宮に始まるという。
江戸時代中期から酉の市で知られ、
鷲神社は「シントリ」と称された。
明治初年の神仏分離に伴い、長国寺から独立し鷲神社となった。
クルック・7枚です。
<<
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。
鷲8

鷲9

樋口一葉 玉梓乃碑
鷲10
所在地・・台東区千束 3-18-7


長国寺
寛永7年(1630)に石田三成の遺子といわれる
日乾(ニtケン)上人によって、浅草寺町に開山された。
寛文9年(1669)には坂本伝衛門氏の後ろだてにより
新吉原の西隣にあたる現在地(台東区千束)に移転し、
江戸時代から続く代表的な年中行事である
浅草酉の市の発祥の寺として、今日に至っている。
長国寺1
マウスオン2枚です 
<
所在地・・台東区千束 3-19-6

  1. 2014/01/24(金) 10:41:06|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

大江戸街歩き・台東区

地方橋 (チカタバシ)
マウスオン2枚です 
<
所在地・・台東区東浅草 1-15 

見返り柳
マウスオン・クリック、3枚です 
<


新吉原
吉原は江戸で唯一、幕府から公認を受けた遊郭。
もともとは日本橋葺屋町にあったが、
明暦2年(1656)に浅草千束村日本堤に移転した。
この新吉原が、江戸の繁栄を物語る所として賑わっていた
江戸時代には幾たびの大火に襲われたが、その度、再建された。
それ以降も明治44年の「吉原大火」や関東大震災、
太平洋戦争でも焼失をし、数多くの犠牲者をだした。
戦後、GHQの指令により公娼廃止となり、
営業形態も民主化され、特殊飲食店街
いわゆる赤線となったが、昭和33年(1958)の
売春防止法の施行により、赤線は廃止され消滅した。
新吉原4
今はソープランド街・・黒い背広を着た客引きがあちこちに・・・
新吉原5

吉原神社   
元和3年(1617)、徳川幕府の命によって、
江戸市中各地に散在していた遊女屋は、
日本橋葦町あたりに廓として統合された。
これが「江戸元吉原」
その後、明暦3年(1655)の大火のあと千束村に移転を命ぜられ、
そこに新しく造られたのが「新吉原」
新吉原遊郭には古くから鎮座されていた玄徳(ヨシトク)稲荷社、
廓内四隅の守護神である、榎本稲荷社、明石稲荷社、
開運稲荷社、九朗助稲荷社が祀られていた。
この五社が明治5年に合祀され吉原神社として創建された。
吉原神社の歴史は新吉原遊郭のそれと折り重なり、
廓の鎮守の神として古くから崇敬されてきた。
五社のなかでも 九朗助稲荷社の創建は古く、
和同4年(711)、白狐黒狐が天下るのを見た
千葉九朗助の手で元吉原の地に勧請されたのがはじまり。
廓内の神のなかでも伝説や逸話に富み、
遊女、遊客とからみ、開運、縁結び、商売繁昌の
技芸上達などに利益のあるとして華やかな信仰を集めた。
マウスオン2枚です 
<

吉原神社6 吉原神社7

お穴様
マウスオン・クリック、3枚です 
<

吉原神社8
所在地・・台東区千束 3-20-2

浅草七福神  弁財天
マウスオン・クリック、3枚です 
<

弁天池
マウスオン2枚です 


マウスオンして下さい。

吉原神社13


  続きを読む
  1. 2014/01/22(水) 09:31:35|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

大江戸街歩き・台東区

東禅寺
寛永元年(1624)創建、開基は格州和尚、哲州和尚の開山。
正面には江戸六地蔵二番目「銅造地蔵菩薩坐像」が鎮座。
マウスオン2枚です 
<

左側には「あんパン」の考案者で銀座木村屋総本店の開業者
木村安兵衛・妻ブナ夫婦の像が立っている。
東禅寺3
所在地・・台東区東浅草 2-12-13 
                          

春慶院
創建の時期は明らかではない。
マウスオン2枚です 
<

吉原の代表的花魁二代目高尾の墓がある。
高尾太夫を名乗った遊女は11人いたと
いわれるが、いずれも三浦屋四郎左衛門方
の抱え遊女だった。
二代目高尾は、世に万治高尾、あるいは
仙台高尾と謳われ、幾多の伝説を生んだ。
「寒風に もろくもくつる 紅葉かな」の
遺詠が刻まれている。

マウスオンして下さい。

子育地蔵   すこやか地蔵
春慶院5

春慶院6
所在地・・台東区東浅草2-14-1 
  1. 2014/01/20(月) 10:00:00|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

大江戸街歩き・台東区

珠姫稲荷神社
天平宝宇四庚(760)の創建。
昔このあたりに住んでいた砂尾長者という
金持ちの一人娘で,恋に破れて鏡が池に
身を投げて命を絶った玉姫を祭ったことから
玉姫稲荷と呼ばれるようになったという。
古くから商売繁盛の神として信仰を集め
初午祭り(2月最初の午の日)には参詣者でにぎわう。
春と秋に玉姫稲荷の境内を中心に「こんこん靴の市」が開かれる。
珠姫1

珠姫2

珠姫6 珠姫7

口入稲荷神社
もとは新吉原にあった高田屋という口入れ屋の
屋敷内に祀られていた。
口入れ屋というのは、今でいえば職業紹介所。
地方から出て来た人などの身元保証人になって
職場(武家や商家など)を紹介し、
稼ぎの一部を身元保証料として徴収するという商売だが
吉原にあったということは、推して知るべし。
安永年間(1772-1781)のこと
ある夜、高田屋の主人が寝ていると、夢に稲荷大神が現れ、
「吾を玉姫稲荷の境内に遷し祀れば、参詣する信徒の人々に
今より尚一層の利益を授け、諸々の願い事を速やかに叶えさせる」
というお告げがあったので、その年の11月20日に
玉姫稲荷の境内に遷座したという。
珠姫3

マウスオン2枚です 
<
所在地・・台東区清川 2-13-20  
  1. 2014/01/18(土) 10:29:03|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

大江戸街歩き・台東区

山谷のどや街
奥州街道・日光街道に沿った地域であり、
江戸時代から木賃宿が集まる場所だった。
現在も簡易宿泊所の施設が多く、
日雇い労働者が集まっていた地域。
山谷1
山谷2

マウスオンして下さい。

平賀2
平賀3
マウスオン2枚です 
<

  1. 2014/01/16(木) 09:07:51|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

大江戸街歩き・台東区

正宝院 下谷飛不動
享禄3年(1530)の創建といわれる修験寺院で
聖護院末・圓城寺末から、天台宗系の単立寺院となった。
本尊は木像不動明王坐像で、飛不動の通称で知られている。
名前の由来は昔、住職が大和国(奈良県)大峰山に
木像を持って修行に行った時のこと。
江戸の寺では本尊が留守の間、人々が集まり
不動を観想し、それぞれ一心に祈っていた。
すると、不動は一夜にして当地へ 飛び帰り
人々の願いを叶えたという。
以来「空を飛び来て、衆生を守りたもう、お不動様」
飛不動と呼ばれるようになった。
飛不動は本尊の通称だけでなく、正宝院の通称にもなっている。
福利増長・ 息災延命の祈願道場として庶民の信仰が厚い。
近年は航空安全の守護神として有名になり、
空の安全を祈願する参詣者が多い。
マウスオン・クリック、3枚です 
<

飛不動8
飛不動5

飛不動7
飛不動6

飛不動9

下谷七福神 恵比寿天
飛不動4
所在地・・台東区竜泉 3-11-11  
  1. 2014/01/14(火) 09:18:07|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

大江戸街歩き・台東区

千束稲荷神社
寛文年間(1661-72)の創立。
鎌倉時代中期に相模国伊勢原の北条氏の家臣が、
神社とともに移り住み、当地を開墾したという。
江戸時代になって徳川家康の命によって開発され、
新吉原遊廓開設とともに人口も急増しており、
神社としての形態は江戸初期に整えられた。
江戸前期には北千束郷の氏神様であり、
江戸中期に竜泉寺村が起立して以来、
竜泉寺村(現竜泉)の氏神様として崇敬されている。
樋口一葉の「たけくらべ」にお祭りの様子が描かれている。
マウスオン2枚です 
<

マウスオン・クリック、3枚です 
<
所在地・・台東区竜泉 2-19-3 


樋口一葉記念館
マウスオン2枚です 
<

マウスオン2枚です 
<

マウスオン2枚です 
<
所在地・・台東区竜泉 3-18-4

マウスオンして下さい。


マウスオン2枚です 
<

マウスオン2枚です 
<

  1. 2014/01/12(日) 09:08:08|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

東京街歩き・浅草

浅草七福神めぐり
浅草の七福神は九社寺ある。
「九は数のきわみ、一は変じて七
七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち
また天地の至数、易では陽を表す」
という古事に由来する。

①浅草寺 (宝蔵門)   大黒天
浅草寺1

大黒天は、この影向堂の中に祀られている。
が、撮影禁止だったので、インターネットからお借りした。
マウスオン2枚です 
<
所在地・・台東区浅草 2-3-1 


②浅草神社   恵比寿天
マウスオン2枚です 
<
所在地・・台東区浅草 2-3-1


③待乳山聖天 (マツチヤアセイテン)   毘沙門天
マウスオン・クリック、3枚です 
<
所在地・・台東区浅草 7-4-1


④今戸神社   福禄寿
マウスオン2枚です 
<
所在地・・台東区今戸 1-5-22


⑤橋場不動尊   布袋尊
現在の本堂は弘化2年(1845)に建立され、
江戸時代の建築様式を保つ、美しく簡素なたたずまい。
不動明王はお腹が袋代わりの形をした珍しい形で、
開運、厄除け不動の秘仏として伝えられる。
太古の昔から浅草橋場を見続けてきた
マウスオン2枚です 
<
七夕みたいな珍しい七福神
橋場不動尊4
所在地・・台東区橋場 2-14-19


⑥石浜神社   寿老神
マウスオン2枚です 
<
所在地・・荒川区南千住 3-28-58


⑦吉原神社   毘沙門天
マウスオン・クリック、3枚です 
<
所在地・・台東区千束 3-20-2


⑧鷲 神社   寿老人
マウスオン2枚です 
<
所在地・・台東区千束 3-18-7


矢先稲荷神社  福禄寿
寛永19年(1642)三代将軍徳川家光が
国家の安泰と市民の安全祈願ならびに武道の練成のために、
京都の三十三間堂にならって建立し「通し矢」が行われた。
通し矢は江戸市民にも観覧が許され、評判を博した。
この堂の守護神として稲荷大明神を勧請し、
その場所がちょうど的の先にあたっていたので
矢先稲荷と名づけられた。
矢先神社
所在地・・台東区松ケ谷 2-14-1
  1. 2014/01/10(金) 10:06:50|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

大江戸街歩き・台東区

薬王院  背面地蔵尊
RIMG0171.jpg
マウスオン2枚です 
<
所在地・・台東区根岸 5-18-5


寿永寺  
二代将軍秀忠の正室・江に仕えた
得生院寿栄法尼が、寛永7年(1630)秀忠の菩提を
弔うため建立した。
マウスオン2枚です 
<

下谷七福神  布袋尊
寿永寺2
所在地・・台東区三ノ輪 1-22-15


かっぽれ
  1. 2014/01/08(水) 10:23:35|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:5

福島県いわき市

福島県唯一の国宝建造物
   白水阿弥陀堂
平安時代末期の永暦元年(1160)に、
岩城則道の妻・徳姫(藤原清衡の娘)によって建立。
徳姫は、夫・則道の菩提を弔うために願成寺を建て、
その一角に阿弥陀堂を建立した。

願成寺   マウスオン2枚です 
<

阿弥陀堂は方三間の単層宝形造で屋根は柿葺。
堂内の壁板には壁画が描かれていたと思われるが
現在は一部に僅かな面影が残っているのみ。
内部には阿弥陀如来像を中心に、観世音菩薩、勢至菩薩、
持国天、多聞天の5体の仏像が安置されている。
東北地方に現存する平安時代の建築は、
岩手県平泉町の中尊寺金色堂、
宮城県角田市の高蔵寺阿弥陀堂、当堂の3ヶ所のみ。
クルック・6枚です。
<<あみだばし
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

東・西・南の三方を池、北・東・西は山で囲まれていて
白水16

阿弥陀堂は中ノ島にあり
平安時代末期に盛んだった浄土式庭園の様を成している。
これらの構造は、徳姫が奥州藤原氏の娘だったこともあり
毛越寺や無量光院といった平泉の寺院の構造に影響を受けている。 <
< < < < <
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

白水という地名は、平泉の「泉」という文字を2つに分けたもの。
阿弥陀堂はその後、後鳥羽上皇により勅願寺とされ
江戸時代には、徳川将軍家から寺領10石を与えられるなど、
歴代の為政者に保護され、現在に至っている。
所在地・・福島県いわき市内郷白水町広畑 219
  1. 2014/01/06(月) 09:21:56|
  2.   旅  
  3. | トラックバック:2
  4. | コメント:9

新年のご挨拶

新年のご挨拶を申し上げます。

DVC00250-1.jpg
年金は下がり、消費税は上がる
私たち年金生活者の今年をみるような、
曇りがちの日の出です。
踏まれても・踏まれても、雑草のよに逞しく生き抜いて来た
ど根性で、曇った空を晴天にして、
楽しい毎日を過ごして行きましょう(*^-^)/\(*^-^*)/\(^-^* )
今年も宜しくお願いします( ^Θ^)ノノ 

RIMG0035-3.jpg   RIMG0008-2.jpg
撮影・馬事公苑(世田谷区) 

  1. 2014/01/01(水) 00:00:00|
  2. その他

クラシック・アナログ時計

プロフィール

すた

Author:すた
毎日笑って、楽しく過ごしたい!

カレンダー


カテゴリ

電力使用状況&電気予報

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

最新トラックバック

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSリンクの表示

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR