すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

東京ドーム

世界らん展 日本大賞2014

16枚です。クリックして下さい
<<
 non_nonさんのブログの小技からお借りしました。


蘭17

蘭18
所在地・・東京都文京区後楽1-3-61

続きを読む
スポンサーサイト
  1. 2014/02/27(木) 10:56:38|
  2.   花
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

三鷹散歩

近藤勇 生誕地
近藤勇1
近藤勇2
産湯の井戸
近藤勇6

近藤勇5
マウスオン2枚です 
<


龍源寺7龍源寺9
龍源寺8
所在地・・調布市野水 1-6-8




龍源寺
近藤勇と天然理心流碑
龍源寺4
龍源寺5

本 堂
龍源寺

龍源寺2
龍源寺3
所在地・・調布市大沢 6-3-11
  1. 2014/02/25(火) 09:18:17|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7

調布散歩

上石原若宮八幡神社
延宝4年(1676)の創建といわれる。
江戸時代の上石原村の鎮守として、
村人たちの尊崇を集めてきた。
八幡神社の祭神は応神天皇だが、
皇子の仁徳天皇を祀っているので若宮八幡という。
本殿の建物は、総けやき造り、
ほぼ全面に彫刻がほどこされた優美で格調の高い社殿。
上石原若宮八幡神社1

上石原若宮八幡神社6
上石原若宮八幡神社3

上石原若宮八幡神社4 上石原若宮八幡神社5

上石原若宮八幡神社7
所在地・・下石原 3-5
  1. 2014/02/23(日) 09:39:11|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

調布散歩

西光寺
応永2年(1396)に石原聖天坊法師により開基。
寛永年間(1624-1643)、のちの深大寺住職弁盛上人が
真言系の寺院から天台宗に改め、
深大寺末寺48寺の学頭寺として生れ変わった。
慶安2年(1649)三代将軍家光より14石2斗の御朱印状を賜わった。
本尊は本堂に納められている阿弥陀如来三尊。
西光寺

山 門
西光寺1

仁王門 (鐘楼門)
マウスオン2枚です 
<
マウスオン2枚です 
<

観音堂
西光寺4

本 堂
西光寺11

常夜燈と近藤勇の坐像
慶応4年(1868)、新撰組隊長近藤勇は
鳥羽伏見の戦いに破れたあと江戸に戻り、
甲陽鎮撫隊を編成し、甲州街道を甲府に向けて出陣した。
途中、故郷である上石原で遥か氏神の
上石原若宮八幡宮に向かって戦勝を祈願し、
西光寺境内で休息した。
近藤勇の坐像の左横には、甲陽鎮撫隊を見送った、
宿場内の人々の安全を願って秋葉権現を祀る常夜燈が、
右横には西郷隆盛が明治政府に反抗して起こした
西南戦争に従軍した地元出身の人々の招魂碑がある。
西光寺9
所在地・・調布市上石原 1-28-3
  1. 2014/02/21(金) 09:53:25|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

調布散歩

絵堂のカゴノキ
カゴノキはくすのき科で、関東北西、四国、
九州の山野に自生する常緑喬木。
別名子鹿木(コガキ)、鹿子樫(カゴカシ)などといわれ、
樹皮は淡紫黒色で後に円い薄片となって剥離し、
その跡が白色になり子鹿のような
白と茶の美しい模様となることからこの名がついた。
目通り幹囲2.88m、樹齢約300年の巨木で、
現在なお樹勢さかん。
当地方ではあまり見ることのできないこの木が、
大木としてここに残っているのは珍しい。
カゴノキ
所在地・・調布市深大寺南町 4-30-4


池ノ上神社
絵堂(旧地名)の鎮守社で創建は不詳。
明治40年に里の稲荷社と池ノ上の稲荷社を合祀して、
池ノ上神社となった。
中央高速道路が社地にかかり、多くの大木が姿を消した。
マウスオン・クリック、3枚です 
<
所在地・・深大寺南町 4-2-9


深大寺城址
古くは武蔵七党の狛江氏の築城と伝わる。
戦国期には扇谷上杉氏の所領であった。
天文6年(1537)に、扇谷上杉朝定によって再興されたが、
短期間で廃城になったと伝えられている。
丘陵城郭の形態を良く残していて、
第一郭と第二郭は、都立神代植物公園
水生植物園の一角に取り込まれ、
城郭の一部を復元した水生植物園になっている。
深大寺城址1
マウスオン・クリック、3枚です 
<
マウスオン2枚です 
<

深大寺城址6
所在地・・調布市深大寺元町 5-31-10                        
                         
  1. 2014/02/19(水) 09:50:15|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

調布散歩

禅寺丸古木(ゼンジマルコボク)
マウスオンして下さい。

禅丸3

禅丸2
所在地・・調布市佐須町 1-7-3


虎狛(コハク)神社 
崇峻天皇2年(589)の創建とされる。
狛江郷(狛江・調布)のなかでも
最も早くからひらかれたところといわれ、
ここに住居を定めた渡来系高麗人の集落神として
祀られたものと推定。
深大寺を開山した満功上人が祖父母の霊を祀って
虎柏明神(トラカシワ)と名付けたと云われ、
虎柏から虎狛となり、渡来系高麗人から崇拝されて来た。
琥珀1

琥珀3 琥珀4

琥珀2

狛江郷佐須邨虎狛神社之碑
文政11年(1828)、佐須の名主温井義邦の文章を、
深大寺住職79世堯偏が筆をとり、氏子の人々が建てたもの。
碑文は難解な漢文体だが、古い神社であることを
後世に伝えたいと記している。
碑裏には温井義邦と桑田重定の和歌が二首刻まれている。
所在地・・:佐須町 1-14-3

現在、虎狛神社は工事中でシートがかかっています。
この写真は右近さんからお借りしました。
  1. 2014/02/17(月) 09:57:21|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7

調布散歩

祇園寺
天平年間(729~749) 深大寺と同じ満功上人の創建。
昔、この地に住んでいた郷長の右近の長者と
その妻・虎女の間に美しい娘が産まれた。 
娘が年頃になったころ、福満童子という若者が現れ、
二人は相思相愛の仲になったが、
両親はどこの馬の骨ともわからない若者と
一緒にさせるわけにはいかないと、
娘を池の中の小島に閉じ込めた。
困った福満が水神・深沙大王に祈ったところ、
池から大きな霊亀が現れ、彼を背中に乗せて
娘の住む小島へ渡した。
この奇跡に両親はふたりの結婚を許し、
男の子を授かった。
この子は満功(マンク)と名付けられ、
成長すると両親の教えにより、深く仏教に帰依し、
唐に渡り、法相の教えを学び、この地に戻って
祇園寺を建てた。
祇園1
祇園8 祇園9

本  堂
水木しげる作の「ゲゲゲの鬼太郎」では、
本堂の縁の下が妖怪の集会場として登場している。
祇園2
薬師堂
祇園3
閻魔堂
祇園4
 
明治41年当時の住職・中西悟玄が、
自由民権運動家の慰霊祭を挙行した。
その時に、板垣退助が植えたの二本の赤松 「自由の松」
「板垣死すとも自由は死せず」という板垣の言葉通り、
現在も天高く聳えている。
祇園6

祇園11
所在地・・調布市佐須町 2-18-1    
  1. 2014/02/15(土) 09:55:27|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

調布散歩

布多天神社
延長5年(927)創建の古社。
もとは多摩川近くの古天神といわれる地にあったが、
文明9年(1477)に多摩川の洪水を避けて遷座し、
その時に祭神少彦名命に菅原道真を配祀した。
桓武天皇の延暦18年(799)に中国から木綿の実が渡ってきたが、
布に織ることを知らなかった。
その頃多摩川の近くに住む広福長者という人が
天神社にこもって神のお告げを受け、木綿の布を織り、
多摩川に晒して調えた白布を朝廷に納めた。
これがわが国の木綿の初めといわれ、
天皇はこの布を調布(テヅクリ)と名づけ、
この地を調布の里と名づけたという。
後にこの布が国中に流布され、
調布の神社を布多天神社と改めた。
布多1

この狛犬は境内で開かれる市の繁栄と
商売繁盛を祈願して寛政8年(1796)に建立された
市内で最も古いもの。
布多6  布多7

拝 殿 マウスオン2枚です 
<

布多2

神楽殿
布多8
金毘羅神社  大鳥神社
布多9
布多10  布多11
布多12

マウスオン2枚です 
<



大田蜀山人が記した『調布日記』によれば、
文化6年(1809)2月25日に布多天神に詣でてみると、
社はたくさんの男女でにぎわっており、
小間物、笊籠、古い衣服を売る店等が立ち並び市がたっていた。
江戸の頃より今日まで、毎月25日は天神市として市がたっている。
所在地・・調布市調布ヶ丘 1-8-1 
  1. 2014/02/13(木) 09:17:09|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

調布散歩

大正寺
布多天神社の参道沿いにある寺院。
この地にあった栄法寺と小島の不動院、
下布田の宝勝寺の三つの寺院が大正4年(1915)に
合併してできた真言宗系の寺院。
大正寺1
マウスオン2枚です 
<

大正寺5

旧栄法寺には明治4年から明治7年にかけて
布田郷学校という教育機関があった。
郷学校というのは江戸時代中期から
明治時代初期にかけての教育機関の名称で、
寺子屋や私塾より公共性の高いものを指していた。
統一した学校制度が全国に実施されていなかったので、
これらの学校は性格も多様で、名称も一定していなかった。
藩立の学校を改造した場合には、学校、藩学校、
郷学校などの名称を用い、
一般子弟のための初級の学校は
小学、小学校、小校、啓蒙所、義校などといっていた。

布田郷学校跡の石碑
大正寺7
所在地・・調布市調布ヶ丘 1-22-1                          

続きを読む
  1. 2014/02/11(火) 09:18:20|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

調布散歩

蓮慶寺
マウスオン2枚です 
<

蓮慶寺6
蓮慶寺3

マウスオンして下さい。

蓮慶寺
所在地・・調布市布田 2-34-3


小島一里塚
江戸時代の初めの頃、日本橋から六里(24km)の
ここ甲州街道に一里塚があった。
樹齢200年余の榎があったが昭和40年に伐採された。
マウスオン2枚です 
<
所在地・・調布市小島町 1-17

  1. 2014/02/09(日) 09:25:37|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

調布散歩

国領神社 
多摩川のほとりに鎮座していた第六天社と神明社
(八雲神明社・杉森神明社)の2社(創建年代は不明)を
合祀した神社。
薬師寺(現常性寺)の管理下に置かれていたが、
明治の神仏分離によって同寺から分離、
明治8年(1875)、國領神社と改称した。
マウスオン2枚です 
<
所在地・・調布市国領町 1-7-1


調布不動尊  常性寺 
鎌倉時代の創建と伝えられ、多摩川沿いにあったが
江戸時代、祐仙法印が上総国成田山新勝寺より
不動明王を勧請して中興した。
それ以来、調布のお不動さまと慕われてきた。
常性寺1

本堂
常性寺2

調布不動尊
常性寺5

地蔵堂
常性寺3

布袋尊
常性寺6

境内にある石仏馬頭観音は、調布唯一の像塔。
マウスオンして下さい。


常性寺8


吾唯足知 「われ ただ たるを しる」と読む
「人は欲張らず、今の自分を大切にしなさい」
「足る事を知る人は不平不満が無く、
心 豊かな生活を送ることが出来る」
「満足することを知っている者は貧しくても幸せであり、
満足することを知らない者はたとえ金持ちでも不幸である。」
などという意味のようです。
常性寺11
常性寺14

常性寺12

常性寺13
所在地・・調布市国領町 1-2-10
  1. 2014/02/07(金) 09:49:06|
  2. 東  京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

千葉・佐倉

佐倉順天堂
長崎に遊学後、江戸に蘭医学塾を開いていた
蘭医佐藤泰然が佐倉に移り住み、
天保14年(1843)に開いたオランダ医学の塾。
オランダ医学書を基礎としながら、当時としては最高水準の
外科手術を中心とした実践的な医学教育と治療が行われ、
その名声により幕末から明治にかけて全国各地から
多くの塾生が参集した。
泰然の養子・佐藤尚中(タカナカ)は、
長崎でオランダ軍医ポンペに学んだ後、
系統的な医学教育をとり入れ、ここで学んだ塾生の多くが
明治医学会において活躍した。
明治時代になると佐藤尚中は新政府から大学東校
(現東京大学医学部)の最高責任者として招かれた後、
御茶ノ水に順天堂医院を開業した。
佐倉の順天堂は、養子・佐藤舜海が受け継ぎ、
佐倉順天堂として医療活動を続けた。
現在残っている建物は、安政5年(1858)に建てられたもの。
佐倉順天堂2

佐倉順天堂3

佐倉順天堂4

佐倉順天堂5

佐倉順天堂6
所在地・・千葉県佐倉市本町 81 


                       
  1. 2014/02/05(水) 09:28:23|
  2.   旅  
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

千葉・佐原

旧堀田邸
佐倉藩の最後の藩主であった堀田正倫の邸宅として、
明治23年(1890)に建築された。
現存する明治時代の旧大名家の屋敷として貴重な建造物。
つば造りや火打ち貫といった伝統的な和風建築の工法と、
ボルトやナットを使用した西洋建築の工法が混在しており、
明治初期の過渡期の様子が窺い知れる。
堀田2
マウスオン2枚です 
<

堀田5

堀田9

堀田6

堀田7

堀田8
所在地・・佐倉市鏑木町 274  
  1. 2014/02/03(月) 10:18:39|
  2.   旅  
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

千葉・佐原

佐原の武家屋敷

佐倉市宮小路にある江戸時代後期に建築された
寄棟造の平屋建てで、主屋は土間・勝手
食事室・居間・寄付・座敷で構成されている。
全体が土塁と生け垣で囲まれている。
中級武士の住まい。

旧河原家
クリック・5枚です。
<<
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

旧但馬家
クリック・3枚です。
<<
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。

旧武居家
クリック・4枚です。
<<
non_nonさんのブログの小技からお借りしました。
  1. 2014/02/01(土) 10:17:17|
  2.   旅  
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:5

クラシック・アナログ時計

プロフィール

すた

Author:すた
毎日笑って、楽しく過ごしたい!

カレンダー


カテゴリ

電力使用状況&電気予報

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

最新トラックバック

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSリンクの表示

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR