すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

二子玉川


野川1野川2野川3
野川4

野川5
小金井市貫井から流れる仙川と合流して(今は工事中)
野川6

野川8

野川9

野川10

野川11
ここ東急田園都市線の下で多摩川と合流
野川12
野川に架かる兵庫橋を渡って
兵庫島2

兵庫島
今から630年ほど前の天正13年(1358)
一度は北朝の足利尊氏・基氏を鎌倉で破ったが
反撃にあい越後に逃げのびていた新田義貞の次男、義興が
新田氏の再興を図り従者13人を伴い鎌倉へ向かう途中
府中に近い矢野口の渡しで江戸遠見守と竹沢右京亮に謀れ、
多摩川の真ん中でかねてから仕掛けてあった船底の栓を抜かれ、
両岸から攻撃を受けて主従ともども憤死した。
新田義興はこれを最後と船の中で自害し、
伴の中で剛勇の誉れ高かった由良兵庫助と新左衛門の兄弟は
互いの首を掻き切って果てた。
その庫之助の首が流れ着いたのがこの島だといわれている。
その後、遠見守は足利基氏より恩賞を承けたが、
事件から13日後に矢野口の渡しに差し掛かったところ、
突然雷鳴が轟き、遠見守は血を吐いて卒倒し、7日間苦しんだ挙句に死んだ。
また、江戸氏の所領だった喜多見の村民が矢野口の渡しを使うと、
必ず熱を出し鼻血を出したという。
祟りを恐れた住民が由良兵庫之助の首を懇ろに弔った。
以来、この島を兵庫島呼ぶようになった。

今は国分寺崖線の豊かな緑を望み、兵庫池や開放的な芝生の広場で、
水遊びや散策が楽しめ、多摩川の水辺の環境と歴史を生かした憩いの場になっている。
兵庫島1
野川16
野川14
野川13
所在地・・所在地・・世田谷区玉川 3-2-1

川のこちら側が二子玉川駅(東京都世田谷区)川を渡ってすぐに二子新地駅(川崎市)
野川15

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  1. 2015/11/29(日) 09:54:38|
  2. 大江戸街歩き
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二子玉川

二子玉川ライズ
二子玉川タイムスパークの跡地に作られた。
平成23年3月19日に街開きし、 平成27年にはホテル
オフィスビル、映画館、スタジオ、フィットネスクラブ、
家電店を併設した複合施設になった。
蔦屋1

楽天本社
蔦屋3

屋上にあるルーフガーデン「菜園広場」
多摩川流域の農耕文化を保全・継承するために
地域が育んできた野菜や果実を栽培できる場所になっている。
蔦屋4

マウスオン2枚です 
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蔦屋7

蔦屋8

蔦屋家電
本屋さんと思っていたが、ここのお店には
家電やおもちゃもおいてあった。
蔦屋10

蔦屋11
入り口にあるSTARBUCKSでコーヒーを買って
蔦屋13
コーヒーを飲みながら、のんびり立ち読み(? 座り読みだ)
蔦屋16
広いスペース
蔦屋15
仕事の打ち合わせも・・
蔦屋14
リラックス
蔦屋17

蔦屋18
家電売り場
蔦屋19
店内のいたる所にソファーやテーブルがある
蔦屋20
食 器
蔦屋21
バーベキュー用品
蔦屋22

蔦屋23

蔦屋25

蔦屋24

頭を鍛える世界のおもちゃ
蔦屋26

蔦屋27

蔦屋28
本物みたいな おもちゃの家電
蔦屋29

蔦屋30
所在地・・東京都世田谷区玉川 2-21-1
  1. 2015/11/27(金) 22:39:44|
  2. 大江戸街歩き
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四国の街道を巡る    今治街道~金毘羅別街道  香川

金毘羅宮
明治維新の神仏分離・廃仏毀釈が実施される以前は
真言宗の象頭山松尾寺金光院
神仏習合で象頭山金毘羅大権現と呼ばれた
全国の金刀比羅神社・琴平神社・金比羅神社の総本宮

長く続く参道の石段が有名で、奥社まで登ると1368段
本宮まで785段の長い参拝になりますが、お付き合いください。


365段:二階建ての大門  
金毘羅26

大門を入るとすぐ、大きな傘をさして飴を売る店がある。
特別に宮域での商いを許された五人百姓
金毘羅宮1

365段~431段:桜馬場 
金毘羅宮2
春になると、桜が左右から枝を交え、すばらしい。
金毘羅宮4

金毘羅宮5

小林一茶句碑
おんひらひら  蝶も金比羅参哉
金毘羅宮6

琴陵光重歌碑
マウスオン2枚です 
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金毘羅宮9

金毘羅宮10

431段:アフリカ象
マウスオン2枚です 
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431段:こんぴら狐
金毘羅宮11
マウスオン2枚です 
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桜馬場西詰銅鳥居
金毘羅宮16 金毘羅宮17
金毘羅宮18

477段:着見櫓
大名行列の到着を見張ったといわれている場所
金毘羅宮3
黄色い壁には、5本の白いストライプが入っている。
これは、金刀比羅宮が金毘羅大権現という寺院であった頃の名残で、
5本線は最高位の寺格であることの印。
金毘羅宮81

477段:社務所門
金毘羅宮19

477段:社務所門を入ると書院があるマウスオン2枚です 
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金毘羅宮22

500段~
金毘羅宮23

金毘羅宮24
金毘羅宮26

金毘羅宮27

金毘羅宮28

金毘羅宮29

595段目:祓戸社
金毘羅宮30
マウスオン2枚です 
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金毘羅宮33
金毘羅宮34

628段:旭社
金毘羅宮37
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金比羅さんのシンボルマークの 丸に赤文字のこの「金」の字は
人が長く平和に暮らせるようにとの、 願いのこもった「金」のデザイン
金毘羅宮39

常夜灯
金毘羅宮79

金毘羅宮80

628段:黄銅鳥居
金毘羅宮40

金毘羅宮41  金毘羅宮42

金毘羅宮43 金毘羅宮44

642段:賢木門
金毘羅宮45

652段:闇峠
金毘羅宮46

花崗石神明造の鳥居
金毘羅宮47

金毘羅宮48
金毘羅宮49

652段 ~ 785段:御前四段坂
金毘羅宮50

金毘羅宮51

713段:御年神社
金毘羅宮52

金毘羅宮53

785段:本宮
金毘羅宮60
マウスオン2枚です 
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金毘羅宮59

撫でると幸せになれる?
マウスオン2枚です 
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高台からの眺め
金毘羅宮58

神楽殿
金毘羅宮61

南渡殿
本宮から、三穂津姫社まで南北に渡っている
金毘羅宮67
金毘羅宮66
南渡殿をくぐって本宮本殿南垣を見る
金毘羅宮65

金毘羅宮77
金毘羅宮76 金毘羅宮75
金毘羅宮73
金毘羅宮78

絵馬堂の中にある
マウスオンして下さい

マウスオン2枚です 
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厳島神社
金毘羅宮69
所在地・・香川県仲多度郡琴平町字川西 892-1



   沢山の写真を見てくれて




  1. 2015/11/23(月) 09:27:35|
  2. 街道巡り
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四国の街道を巡る    今治街道~金毘羅別街道  香川

金毘羅宮

表参道  両側に並ぶお店屋さん
金毘羅1

金毘羅2

金毘羅3

金毘羅4

金毘羅6

金毘羅5

「こんぴらさん」は、たくさんの石段があることで有名
その数なんと1368段。いよいよ登りはじめます
金毘羅7

金毘羅8

金毘羅9

金毘羅10

100段目:一之坂鳥居
金毘羅11

金毘羅12
金毘羅13 金毘羅14

金毘羅17

168段:灯明堂
金毘羅18
金毘羅19

金毘羅20

金毘羅21

351番目  金刀比羅本教総本部
金毘羅22
マウスオン2枚です 
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うわ~ 随分 高~い
金毘羅25

金刀比羅本教総本部の向かい側に
朝夕に時刻を知らせる鼓楼、これは江戸時代にできた。
金毘羅27

やっと大門!
この階段を登りきると365段
金毘羅26

  1. 2015/11/20(金) 09:24:01|
  2. 街道巡り
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四国の街道を巡る    今治街道~金毘羅別街道  香川

善通寺  弘法大師誕生地
平安時代初頭の807年に真言宗の開祖空海の父・佐伯善通を開基として創建。
伽藍は創建地である東院と、
空海生誕地とされる西院(御誕生院)に分かれている。
和歌山県の高野山、京都府の東寺と共に弘法大師三大霊場に数えられる。
四国八十八箇所霊場の第七十五番、真言宗十八本山一番札所。

済世橋
済世橋1
マウスオン・クリック、3枚です 
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正覚門をくぐって西院へ
正覚門

聖天堂
聖天堂2

パコダ供養塔
パコダ供養塔

聖霊堂
聖霊殿

地蔵堂
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護摩堂
護摩堂

親鸞堂
親鸞堂

鐘楼
鐘楼2

御影堂 大師堂
御影堂3
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御影堂の前から渡り廊下に繫がって仁王門があるため
こちらからは写せません。
参道

廿日橋から仁王門
仁王門と廿日橋

廿日橋を渡ると東院
二十日橋

観智院
観智院1
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華蔵院
マウスオン・クリック、3枚です 
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中門
中門1

中門をくぐると東院の周囲は五百羅漢で囲われている
五百2

龍王社
龍王社

経蔵
経蔵

佐伯1
佐伯2

鐘楼
鐘楼

五社明神社
マウスオン2枚です 
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三帝1
マウスオン2枚です 
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楠1
マウスオン2枚です 
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南大門
南大門1

マウスオン2枚です 
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旅大師堂
旅大師堂

足利尊氏利生塔
足利

五百1

五重塔
五重塔3

金堂(本堂)
本堂

釈迦堂
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天神社
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赤 門
赤門
堀
所在地・・香川県善通寺市善通寺町 3-3-1


善通寺案内図
マウスオンして下さい


   沢山の写真を見てくれて



  1. 2015/11/17(火) 10:26:51|
  2. 街道巡り
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四国の街道を巡る    今治街道~金毘羅別街道  香川

多度津の街並み
香川県仲多度郡にある町で、 古くから海上・陸上交通の要所として栄え
蔵のある街並みが残る。
四国鉄道発祥の地として現在も
JR四国の土讃線の起点となる多度津駅や、
少林寺拳法の総本山・総本部がある。

多度津町の古い大きな道標には
「金毘羅参詣道多度津街道『摩尼院西交差点道標2基』
金毘羅・箸蔵・船場道標 明治十四年五月吉日  
きしゃば 大正十年四月三日」などと彫られている。
マウスオン2枚です 
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多度津3

多度津4

多度津5

多度津6

マウスオン2枚です 
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多度津11

多度津12

マウスオン2枚です 
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マウスオン2枚です 
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多度津28

多度津17
マウスオン2枚です 
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多度津20

多度津21

マウスオン2枚です 
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多度津24多度津25多度津26

多度津27

多度津29


  1. 2015/11/14(土) 11:06:06|
  2. 街道巡り
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四国の街道を巡る    今治街道~金毘羅別街道  香川

丸亀城跡
播州赤穂から17万6千石の領主として讃岐に入り、
高松城を築いた生駒親正が慶長2年(1597)から
高松城の支城として丸亀城の築城にかかり、
慶長7年(1602)に完成したが、その後一国一城令により廃城になり
11の櫓はすべて失われたが、天守・大手門などは残された。
石垣の城の名のとおり、石垣の美しさで有名
天守は全国に現存する木造天守12城の一つ
丸亀城1

丸亀城2

大手二の門
丸亀城跡3-1

大手一の門
丸亀城4

濠端から見た天守
丸亀城5

丸亀城6

丸亀城8

丸亀城7

丸亀城9
所在地・・香川県丸亀市



鎌倉時代には、既に丸亀浦として成立していた。
江戸時代中期以降、金比羅宮の玄関港、
大坂への綿の積出港として、大坂港との間に定期の月参船、
廻船が運航された。
文化3年(1806)には福島湛甫、天保4年(1833)には新堀湛甫と、
大規模な港の整備拡張が行われ、四国一の港といわれるようになった。
太助灯籠4

太助灯籠5

みなと公園にある月参船の丸金船模型
マウスオン2枚です 
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太助灯籠
新堀湛甫整備の時に建設された大型の青銅の灯籠。
天保5年(1834)に1357人の寄付により建てられた。夜には灯りがともる。
寄進者である塩原太助に因んで太助灯籠と呼ばれ、
かつて金毘羅参りの上陸港として賑わった丸亀港のシンボル。
太助灯籠1

太助灯籠3

マウスオンして下さい

 

瀬山昇の像
天保年間(1830~43)、丸亀藩家臣で江戸留守役の瀬山昇は、
藩の苦しい台所を救うためにうちわづくりを国元の産業にと計画した。
技術を習得した者は国元に帰り、うちわづくりを広め、
交代してきた者には中津藩邸で習わせるなど、
うちわの技術者養成に努めた。
うちわの技術者が増え、生産が増加すると、瀬山は販路の開拓に力を注ぎ
金毘羅参りの船が着く丸亀港の整備を行った。
完成した丸亀港は旧金毘羅五街道・丸亀街道の出発点となり、
金毘羅参拝客でたいへん賑わい、全国から訪れた人々が
丸亀うちわを土産に持ち帰るようになり、「丸亀うちわ」の名が広がっていった。
始まりは武士の内職だったうちわづくりだったが、
次第に地場産業として成長し、日本一のうちわ産地の基盤を築くことになった。
マウスオン2枚です 
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所在地・・香川県丸亀市西平山町新堀湛甫入口

  1. 2015/11/11(水) 10:20:20|
  2. 街道巡り
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四国の街道を巡る    今治街道~金毘羅別街道  香川県


琴弾八幡宮が68番札所、観音寺が69番札所だったが、
明治政府による神仏分離令で、琴弾神社と神恵院とに分離され、
神恵院は麓にある観音寺境内に移されたため
四国霊場で唯一の珍しい一寺二霊場となった。

時代を感じる土塀
神恵院観音寺

仁王門
神恵院観音寺1

閼伽井
神恵院観音寺2

鐘楼
神恵院観音寺3

宝物殿
神恵院観音寺4

神恵院観音寺10
薬師堂
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愛染堂
神恵院観音寺7

心経殿
神恵院観音寺8

ミニ札所
神恵院観音寺11


神恵院 (ジンネイン)
大宝3年(703) 日証上人が琴弾山で修行をしていたところ、
琴を弾く老人が乗る舟を海上に見た。
この老人は八幡大明神であることを知った上人は、
その琴と舟を祀り、琴弾八幡宮神恵院と名付けた。
近年、本堂が鉄筋コンクリートで新築された。
神恵院1
神恵院2

大子堂
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観音寺 
養老6年(722)に行基が訪れた後、
大同2年(807)に空海(弘法大師)が第七世住職として入山し、
奈良の興福寺を模して、中金堂に聖観世音菩薩像を刻み本尊とし、
西金堂、東金堂など七堂伽藍を整備し、第69番札所にした。

金堂(本堂)
観音寺2

大子堂
マウスオン2枚です 
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所在地・・香川県観音寺市八幡町 1-2-7



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  1. 2015/11/08(日) 10:10:47|
  2. 街道巡り
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四国の街道を巡る    今治街道~金毘羅別街道  愛媛

大山積神社
元禄4年(1691)別子銅山開坑とともに、銅山の守護神として
大三島の大山祇神社から大山積の神を迎えて、
別子山村で祀り始めたもの。
銅山の仕事が東平(トウナル)、端出場(ハデバ)へと移行するに従い、
現在地に遷宮された。
鉱山の人たちは、「山神(サンジン)さん」と呼んで
銅山の繁栄と安全を祈願した。
大山積神社1

大山積神社2

大山積神社6 大山積神社4
大山積神社3

大山積神社9 大山積神社10
マウスオン2枚です 
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別子銅山記念館
別子銅山は元禄3年(1690)に発見され、
翌年から昭和48年(1973)までに約280年間に70万トンを産出し、
日本の貿易や近代化に寄与した。
一貫して住友家が経営し(閉山時は住友金属鉱山)、
関連事業を興すことで発展を続け、住友が日本を代表する巨大財閥となる礎となった。
別子銅山1

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別子銅山5
別子銅山6


旧端出場(ハデバ)水力発電所
明治45年に運転を開始し、昭和45年2月に休止するまで、
最大4,800kWの電気を別子銅山に送り続けた。
純落差 597.18mは当時日本一を誇っていた。
端出場1

端出場2

端出場3
所在地・・愛媛県新居浜市

  1. 2015/11/05(木) 10:07:05|
  2. 街道巡り
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四国の街道を巡る    今治街道~金毘羅別街道  愛媛


菅原道真が大宰府へ左遷される途中、燧灘の壬生川沖で嵐に遭ったが、
現宮司の祖先である広川修善と里人に助けられて志島東端に漂着した。
急なことで敷物が無く、漁網を敷いて敷物の代わりとしたことから
綱敷の社名が付いたとされる。
鮮魚を里人に献上されるなどの厚意に感じた道真は
梶柄に自像を刻み「私は菅原道真である。
もし私が無事帰洛できたなら、この像を証拠として都を訪ねなさい。
私が配地で没したと耳にしたなら、この像を素波神(ソバガミ)と称し祀るように」と述べた。

道真は大宰府にて没し、素波神は当地南端の祠に祀られることとなった
享保5年(1720)6月、伊予松山藩主松平定英の命により、現在地に社殿が築かれた。

綱敷天満神社1  綱敷天満神社2

綱敷天満神社3

綱敷天満神社4

綱敷天満神社5

風呂神社
綱敷天満神社6

田坂八幡神社
綱敷天満神社7

綱敷天満神社8

綱敷天満神社9

綱敷天満神社11-1綱敷天満神社11-2
綱敷天満神社13

住吉神社
綱敷天満神社14

荒神社
マウスオン・クリック、3枚です 
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綱敷天満神社18

綱敷天満神社19

厳島神社
綱敷天満神社21

綱敷天満神社27
マウスオン2枚です 
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境内に向かう帰り道
綱敷天満神社24

綱敷天満神社25 綱敷天満神社26
綱敷天満神社28

綱敷天満神社29

綱敷天満神社30
所在地・・愛媛県今治市桜井 6-2-1

  1. 2015/11/02(月) 10:02:33|
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