すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

東北の旅   青森県弘前市

弘前りんご公園
りんごの生産量日本一の弘前市が平成14年4月に開園
園内には65品種、約1300本のりんごの
木が植えられている
りんご公園1

マウスオン2枚です 
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7月12日撮影


りんご追分の歌碑
小沢不二夫作詞、米山正夫作曲、歌手・美空ひばり
そばに近づくとセンサーが反応して歌が流れる
りんご公園6

高さ20mの「すり鉢山」
マウスオン2枚です 
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山頂から眺めたリンゴ畑
りんご公園7
りんご公園8

古民家
りんご公園9
りんご公園10
りんご公園11

りんご公園12



りんご公園14
りんご公園13

りんご公園16
りんご公園15

リンゴの種類によって、枝が横に伸びる木、まっすぐ縦に伸びる木と枝振りも色々。
りんご公園17
所在地・・青森県弘前市大字清水富田字寺沢 125


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  1. 2016/08/29(月) 10:10:58|
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東北の旅   青森県弘前市

弘前八坂神社
最勝寺と隣り合わせに
八坂7

八坂1

八坂2

八坂3

八坂4 八坂5
八坂6
所在地・・青森県弘前市大字銅屋町 80


参道の入り口にあった、なまこ壁の消防団
最勝寺21


  1. 2016/08/26(金) 09:23:28|
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東北の旅   青森県弘前市

最勝寺
国内最北に位置し、天文元年(1532)高僧・弘信上人によって開基
最勝寺1

最勝寺2

最勝寺4 最勝寺5
最勝寺3

最勝寺6

五重塔
総高31.2m、総高に対して相輪部分が長く、
五重目の柱間が初重の半分になっていて美しい

藩祖・津軽為信が津軽統一の時に戦死した敵味方を供養するため、
三代藩主・信義が明暦2年(1656)に着工したが中断、
寛文5年(1665)に四代藩主・信政が再開し、寛文7年(1667)に完成した。
最勝寺7

最勝寺8

最勝寺17 最勝寺18

最勝寺9

最勝寺10 最勝寺11
最勝寺12

最勝寺13

聖徳太子堂
マウスオン2枚です 
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所在地・・青森県弘前市銅屋町 63


  1. 2016/08/23(火) 11:00:30|
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東北の旅   青森県黒石市

中町こみせ通り
中町こみせ1

一間置きに木柱を建て、その上に冬の積雪や夏の陽射しを遮る
板張り天井のひさし状の屋根がかかっている通りで
江戸時代からの昔ながらの風情が保たれている。
アーケード状の通路空間は、通りに軒を連ねていた旅篭や
呉服屋、商家にとってはなくてはならないものだった。
マウスオン2枚です 
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江戸時代に黒石津軽家初代領主、津軽信英(ノブフサ)が
侍町、職人町、商人町と 町割りをおこなった際に出来たものという

こみせ(小見世)は今でいうアーケードのようだが、
大きな違いは屋敷の敷地内に造られた通りだということ。
まとまった形で残されているのは、全国的にも類例がない。

マウスオン2枚です 
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マウスオンして下さい

中町こみせ6
中町こみせ7


マウスオンして下さい

マウスオン2枚です 
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中町こみせ12


こみせ駅隣の「鳴海醸造店 菊乃井」
マウスオンして下さい

マウスオン2枚です 
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特別にお庭を見せてもらった。
中町こみせ24
光線の具合で、うっすらとしか見えないが
庭に面した廊下から、なまこ壁の内蔵が見えた。
中町こみせ25


マウスオン2枚です 
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中町こみせ28

アーケードの柱には、馬の轡を結ぶ金具がついている。
マウスオン2枚です 
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中町こみせ36


松の湯
中町こみせ31
中町こみせ33
マウスオン2枚です 
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こみせ通りと交差する甲徳兵衛町にあるレトロな建物は、
市消防団第三分団第三消防部屯所。
大正時代に建築された屯所は、洋風デザインが取り入れられた
ちょっと可愛いカラーリング。
マウスオンして下さい

マウスオン2枚です 
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屯所の中を覗くと、今も現役で動く日本最古のクラシック型の
FS780型消防ポンプ車
中町こみせ17
中町こみせ20
所在地・・青森県黒石市大字中町(界隈)


  1. 2016/08/20(土) 09:50:27|
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東北の旅   青森県

浪岡城跡

築城以前は文中2年(1373)に平安京を模して
敷地の四隅に祇園(現・北中野広峰神社)八幡(現・浪岡八幡宮)
加茂(現・五本松加茂神社)春日(現在は廃社)の各神社が配置されていた。
その後、北畠家の支族、浪岡北畠氏の居城として
北畠氏4代北畠顕義によって建造された。
天正6年(1578)浪岡北畠氏9代北畠顕村の代に大浦為信によって攻められ落城した。

マウスオンして下さい

浪岡城跡2-1

浪岡城跡1

浪岡城跡3

浪岡城跡4

浪岡城跡5

浪岡城跡6

浪岡城跡7

浪岡城跡8

浪岡城跡9

浪岡城跡10

浪岡城跡12

現在は国指定史跡として整備され、北館には木塀を建て、往時の区画を再現している。
浪岡城跡11

浪岡城跡26

浪岡城跡13

浪岡城跡14

浪岡城跡15

浪岡城跡16

浪岡城跡17

浪岡城跡18

浪岡城跡19

浪岡城跡20

浪岡城跡21

浪岡城跡22

浪岡城跡23
所在地・・青森市浪岡大字浪岡字岡田 43


  1. 2016/08/17(水) 09:26:54|
  2. 東北の旅
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東北の旅   青森県

浪岡八幡宮
大同2年(807)坂上田村麻呂が東夷東征の時、
この地に宇佐八幡宮の分霊を勧請して国家鎮護の祈願を行い祠を建立したのが始まり
以来、歴代領主から信仰され、中世は浪岡城主となった北畠氏から崇敬庇護され
社殿の修復や社領の寄進が行われ
祭祀には家老赤松隼人が取り仕切っていた。
江戸時代に入ると弘前藩主である歴代津軽家の祈願所となり
慶長19年(1614)に2代藩主津軽信枚が社殿を再建以降、
寛永、元禄、寶暦、寛政、嘉永の改修には藩費によって賄われた。

大きな庚申碑
浪岡八幡宮1

一の鳥居をくぐると
浪岡八幡宮2
両側に池がある
浪岡八幡宮4
浪岡八幡宮3

二ノ鳥居
浪岡八幡宮5
左手に神馬舎
浪岡八幡宮6
浪岡八幡宮7 浪岡八幡宮8

三の鳥居
浪岡八幡宮9
鼓  殿
浪岡八幡宮11

四の鳥居
浪岡八幡宮12
浪岡八幡宮13 浪岡八幡宮14

左の小さな鳥居をくぐり坂を下りて行くと
浪岡八幡宮15
神池  右側  水神として十和田神社を祀っている
浪岡八幡宮16
左側
浪岡八幡宮17

戻って   稲荷神社
マウスオン2枚です 
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隣に神輿庫
浪岡八幡宮20神輿庫

拝殿の隣に悠忠神社
浪岡八幡宮21
浪岡八幡宮22 浪岡八幡宮23
浪岡八幡宮24

拝殿
浪岡八幡宮26拝殿

拝殿の横の杉の木は、切り株から出た芽が大きく育って!
マウスオン2枚です 
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8月には「北畠まつり」があり、赤ちゃんの健やかな成長を
願う泣き相撲大会やねぶた運行などが行われる。
柱4本の色が違っているのは、陰陽道の魔除けのため
浪岡八幡宮29

浪岡八幡宮30
所在地・・青森県青森市浪岡大字浪岡字林本 123 


  1. 2016/08/14(日) 10:24:52|
  2. 東北の旅
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サービスエリアの防災拠点化

常磐道 守屋サービスエリア(上り線)
守谷2

首都直下地震が発生した場合には
都心を中心に甚大な被害が想定され
全国各地から一刻も早く救護・救援活動に向かう必要がある。
高速道路は災害時、緊急輸送道路として大きな役割を担う。
東日本大震災では、高速道路のサービスエリアが
被災地に向かう前線基地として活用された。
この経験をはじめ、震災時の様々な教訓を踏まえ
今後の災害に備えてサービスエリアの防災機能を強化することが必要。
守谷SAの防災拠点化事業は、首都直下地震を想定し、
高速道路休憩施設防災拠点化のモデル事業として
関係機関と活用方法について検討を行いながら
各種防災機能や運用マニュアルを整備している。

通常営業時のフードコートは、関係機関共同の災害対策室として利用
守谷14
守谷16
守谷17
守谷22

従業員休憩場は救護スペースに

駐車場は各地から首都へ向かう自衛隊、消防、医療機関等の
連絡車両が一時的に駐車できるスペースを確保している

防災倉庫
災害時に使用できる屋外エアテント、救護用品
備蓄品、規制機材等を備えている。
マウスオン2枚です 
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守谷8
守谷9
守谷10

ヘリポート
中型機の離発着を可能とし、夜間の離発着のための
夜間照明設備を設置している。
守谷4

給油所
燃料貯蔵量を90KL→110KLに増設して
災害時の支援部隊車両の燃料確保に努めている。
守谷12

ベンチは非常時にはトイレに変身
守谷5

断水時に備えて井戸を設置し、常時、トイレ洗浄に使用。

屋上には太陽光発電

停電に備え、72時間連続使用可能の自家発電装置

災害時に緊急車両が一般道や下り線側にも移動できるように
緊急開口部を設置
守谷13
所在地・・茨城県守谷市大柏 166


  1. 2016/08/11(木) 11:00:27|
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埼玉県川越市

仙波東照宮

元和2年(1616)に薨去した家康の遺骨を、久能山から日光山に移葬した元和3年(1617)3月、
喜多院に四日間逗留して供養したので、天海僧正が寛永10年(1633)創建した。
寛永15年(1638)の川越大火で焼失したが、堀田正盛を造営奉行として同年6月起工、翌年完成。
当初から独立した社格をもたず、喜多院に一隅に造営されたもので
日光・久能山とともに日本三大東照宮といわれている。
江戸時代を通じ社殿や神器等全て江戸幕府直営だった。

本殿には木像の家康公像が祀られ、石鳥居は寛永15年(1638)に堀田正盛が奉納したもの。
本殿のまわりには歴代の川越藩主が献燈した石灯籠が並ぶ。
拝殿にある三十六歌仙絵額は岩佐又兵衛筆で知られ国宝。
岩槻藩主の阿部重次が奉納した「鷹絵額十二面」は狩野探幽作。

童謡『あんたがたどこさ』発祥の地と言われる。

仙波東照宮1

仙波東照宮2

仙波東照宮3

仙波東照宮4 仙波東照宮5

仙波東照宮12
マウスオン2枚です 
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仙波東照宮10
唐門と本殿
仙波東照宮8

仙波東照宮11
所在地・・埼玉県川越市小仙波町 1-21-1


  1. 2016/08/08(月) 09:23:23|
  2.   旅  
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東北の旅   秋田県

入道崎灯台
入道崎灯台1

白と黒の二色の大型灯台
北緯40度線上の灯台として太平洋側の岩手県普代村にある陸中黒埼灯台と対をなす。
男鹿国定公園内にあり、日本海を臨む景勝地で、
海に沈む夕日の美しいことでも知られ日本の灯台50選にも選ばれている。
入道崎灯台2

入道崎灯台3

経度、緯度を記した石塔がある。
入道崎灯台4

入道崎灯台5
石の隙間から一直線上に北緯40度線の石が並んでいる。
入道崎灯台6
所在地・・秋田県男鹿市北浦入道埼字昆布浦



檜山追分羽州街道松並木
江戸時代、檜山城から東方の鶴形村へ向かう旧羽州街道と
西北方向の野代港へ至る脇街道の分岐に植栽された松並木。
最大のものは樹高11mで、樹齢約200年と推定される。
檜山追分
檜山追分1
檜山追分2
檜山追分3
檜山追分4
檜山追分5
所在地・・秋田県能代市檜山字上館


  1. 2016/08/05(金) 10:55:38|
  2. 東北の旅
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東北の旅   秋田県

男鹿真山神社
紀元95年、武内宿禰(タケノウチノスクネ)が涌出山(現在の本山、真山)に登り、
国家安泰と武運長久を祈願したのが始まり。
杉木立に囲まれた境内は静かで、古代以来の荘厳な雰囲気を感じることができる
男鹿真山神社19

境内にはいると鳥居ではなく仁王門
なぜ神社に仁王門?
男鹿真山神社1

江戸時代はここに光飯寺というお寺もあり、その山門だった。
マウスオンして下さい


明治になり神仏分離令が出て現在のような神社になった。

男鹿真山神社2 男鹿真山神社3

神楽殿    マウスオン2枚です 
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男鹿真山神社9 男鹿真山神社10

男鹿真山神社11
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マウスオン・クリック、3枚です 
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拝殿と本殿        マウスオン2枚です 
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社務所
男鹿真山神社18

神社前庭に慈覚大師の手植えの樹齢1,000年余りの榧の巨木
男鹿真山神社20
マウスオン2枚です 
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男鹿真山神社25
男鹿真山神社26
所在地・・秋田県男鹿市北浦真山字水喰沢 97


  1. 2016/08/02(火) 09:42:25|
  2. 東北の旅
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クラシック・アナログ時計

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