すたのピンコロ日記

旅をして、美味しいものを食べて、毎日を楽しく!

山陰道⑰   萩

松陰の門下生のひとり伊藤博文旧宅
博文は天保12年(1841) 熊毛郡 束荷村で生まれた。
父は林十蔵、母は琴子といい、博文の幼名は林利助。
父の十蔵が萩藩の中間で伊藤家に奉公にきていた。
博文が9才の時、父・十蔵を頼って母子で萩に移ってきた。
萩に来てからの博文は、法光院で寺の雑用をしながら、
読み書きを習ったり 萩の上級武士の子どもの奉公をしたり、
大変な苦労をした。
父も母も伊藤家の奉公人だったが、伊藤家に跡継ぎがなかった。
博文が14歳の時に父の十蔵が伊藤家の養子となり、
利助も伊藤利助と名乗るようになった。
その後、伊藤利助は利介、利輔、博文と名前が変わる。
博文は18歳の時に松陰の門下生となり、高杉晋作らとともに
志士として活躍した。 松陰は博文のことを、
「なかなかの政治家になりそうな」と見抜いている。
明治になって、博文は憲法制定の任務につき、
初代の内閣総理大臣となったが、明治42年(1909)
中国のハルピンで暗殺された。
マウスオン2枚です 
<


伊藤博文別邸
明治40年(1907)、博文が東京府下荏原郡大井村
(現東京都品川区)に建てたもので、車寄せを持つ玄関の奥に、
中庭をはさんで向かって右に西洋館、左に書院を配し、
さらにその奥に離れ座敷、台所、風呂及び蔵を備えた
広大な別邸だった。
萩市へは往時の面影をよく残す玄関、大広間、離れ座敷の3棟を移築。
明治時代の宮大工・伊藤満作の手によるもので、
大広間の鏡天井や離れ座敷の節天井、
天皇から下賜された灯篭などがある。 伊藤4

伊藤3
所在地・・山口県萩市椿東 1511-1


萩反射炉跡
マウスオンして下さい。

反射炉2

クリックして下さい、別画面がでます。
説明文
所在地・・山口県萩市椿東
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  1. 2013/04/29(月) 09:57:17|
  2. 街道巡り
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
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コメント

こんばんは

こんばんは。
伊藤博文ですね。
さすがに知っています。
でもお札で知ってるだけかな?(笑)
  1. 2013/04/29(月) 21:37:59 |
  2. URL |
  3. 自転車親父 #ZnvuYEkc
  4. [ 編集 ]

おぉ!

ちゃんと残っているのですね。
考えてみればスゴイことです!
  1. 2013/04/29(月) 23:16:34 |
  2. URL |
  3. ふくやぎ #sSHoJftA
  4. [ 編集 ]

Welcome (^∇^)ゞ

自転車親父さま
私も同じかな~
名前位・・今回覚えました。
お訪ね頂いて嬉しいコメントをありがとう♪(#^ー゚)vございます。


ふくやぎ様
松陰神社に行っても、ここまでは行きませんよね~
お訪ね頂いて嬉しいコメントをありがとう♪(#^ー゚)vございます。
  1. 2013/04/30(火) 08:27:10 |
  2. URL |
  3. すた #-
  4. [ 編集 ]

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